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藤代冥砂「新月譚 ヒーリング放浪記」#27 さようならで暮らす

NeoL / 2016年3月9日 16時35分

藤代冥砂「新月譚 ヒーリング放浪記」#27 さようならで暮らす

藤代冥砂「新月譚 ヒーリング放浪記」#27 さようならで暮らす




さようなら、とは最近使われなくなった言葉ではないだろうか。

「じゃあね」「また」などに取って代わられて、今では恋愛の終わりなどに使われる特別な言葉になりつつある気がする。

語感は美しい。一度も濁らずに、流れるように口の中に響き、「あ」音で終わる。「あ」は日本語では始まりの音だ。さようならと何かに別れを告げつつ、始まりに戻る感じも文学的で美しい。

外国人に、別れる時に交わす日本語を教える時に、私は「じゃあね」や「またね」を選ばずに、「さようなら」を必ず教えてしまう。普段使わないのに、なぜか「さようなら」なのだ。そして、それを口にしたあとで、ちょっとだけ照れ臭くも誇らしさを感じてしまうのだ。日本語って美しいよなあ、と。

ちょっと話は脱線するが、小学生の頃、オフコースの「さよなら」をよく聞いていた。もしかしたら、小田和正さんの唄声の美しさも、私の「さようなら」を創っているのかもしれない。あの唄は「さよなら」で、「う」がなかったけれど。

話を戻すと、頻度が少なくなった言葉だけれど、口にすると何か特別な感情を喚起する「さようなら」を、最近私は心の中で呟くことが多い。それも一日に何度も繰り返しているのだ。それはちょっとした口癖のようでもある。まるで栞のように、ことあるごとに「さようなら」と心で唱えている。

こう書くと、なんだか病的で、暗い感じがするかもしれないが、実際はその逆で、明るく清々しい気分で、さようならを言っている。

具体的にどういうタイミングでそれをしているのか。

起床時は、さすがに言わない。普通に、おはようで始まる。だが、それ以降は、「さようなら」が結構多く出てくる。自分だけが相手だから、誰にも気づかれることなく。

まず、犬の散歩へいく。いつものコースを巡って帰り、リードを外してやる時に、「さようなら」が入る。「ああ、いい散歩だったね、さようなら。」こんな具合である。

まだ月が朝空に残っていたら、さようならを告げる。朝ごはんを食べ終えたあとも、ごちそうさまと手を合わせたあとで、さようなら。美味しい食べ物を与えてくれて、ありがとう、さようなら。皿などの洗い物をする。最後の一つをラックに収めたあとでも、さようなら。洗濯物を干す、さようなら。部屋の掃除をする。箒や雑巾など、軽い運動になる道具を選び、ゴミを捨て、用具を元に戻したあとで、さようなら。午前中の仕事を終えたあとで、さようなら。お昼ご飯に、さようなら。電話での会話、メールでのやり取りに、さようなら。



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さようなら、ばかりでなんだか気が滅入ってくるような気がするかもしれない。おそらくそれは「さようなら」が多くの人にとって、切ない別れを感じさせるからだろう。一つの恋愛が終わる場面や、やむ得ない理由による不本意な別離などの、アンダーなイメージが強いからだと思う。

だが、それらは、割と最近のもので、もともとは悲しみなどなく、大らかな使い方もされていたらしい。語源的なものは諸説あるのだが、主流なのは、「左様ならば」と会話を打ち切る言い方から「ば」を省略したとする説。現代的にいうなら、「じゃ、そういうことで!」な感じだろう。もともとは、悲しみもネガティヴさもなく、あったとしても、「左様ならば仕方ない」といったあっけらかんと諦める意味を含んだ言葉なのだ。

ただ、語源は語源でしかなく、現代でどういうニュアンスを持っているかが大切であって、そのニュアンスを外して語源がどうのこうの言っても、用をなさない。

ただ、私の使う「さようなら」は所詮独り言であるから、問題ない。その語感、語源ともども好みなので、個人的に使いこなしているだけだが、言葉にはこういう自分用の使い道もあっていいと思う。

蛇足だが、さきほどの語源がらみの話としてもう一つだけ。

明治の頃には、男性が「さようなら」と去り際に声をかけると、女性は「ごきげんよう」と返すのが一般的だった。当時は、ごく自然で当たり前だったから、何とも思わなかっただろうが、現代に棲む私からすれば、なんとも大らかで、気の利いたやり取りだろうと、軽い嫉妬さえ感じる。

さて、そんな背景もある「さようなら」だが、呪文のように同じ言葉を唱えてどういうつもりかと思われるだろう。

私は、これは、と感づいたことは、身を以て試すタイプなのだが、精神面での断捨離のやり方の一つとして思いついたのが、そもそもの始まりだ。

断捨離とは、この連載でも以前取り上げたものだが、整理術としての断捨離を考えた場合、しかも精神面でと限った場合、収納用具として時間の仕切り板のようなものがあると便利だなあと考えていた。

もう少し述べると、いわゆる衣服や資料などの目に見える物たちと違って、精神面での整理というのは、言葉をノートに書き出したりするような可視化する作業が結局必要になってくるのだが、そうそう日々書き出したりもしてられない。

瞬間瞬間とまでは望まないが、日々の細々とした出来事を整理して終わらせていく、過去を未来へ持ち込まないメソッドとして、「さようなら」は使えるのではないか、と思いついたのだった。


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ん?となった方も多いと思う。日々の小さな場面をその都度終わらせる必要などあるのだろうか?と。過去を未来に持ち込むことは悪いことなのかと。

それに答える前に、「さようなら」を日々心で呟くことは、つまり整理術なのだと知ってもらいたい。「さようなら」は、頭や暮らしを混乱させるような不要なものを日常に持ち込まない整理術のメソッドだ。整理を今まで必要だと考えたことがない方にこそ、一度試してもらいたい。

と断った上で、さきほどの仮想の質問に答えようと思う。

日々の小さな場面をその都度終わらせること。つまり過去を未来に持込もないこと。その必要性は、あると私は考えている。

細かい事例は一旦無視するとして、大枠でまず考えるなら、「今を生きられる」ことが結局最も幸福な状態なのだと私は思う。良い思い出も、悪い思い出も、それは脳が生んでいる幻影に過ぎない。すでに終わったことを、わざわざ選び出して映画のようにスクリーンに投影して、感動したり、怒ったりしている状態が思い出している、ということだ。

私は、幻の世界に遊ぶのは楽しいとも思うが、一方悩みや苦しみ悲しみといったネガティヴな感情を増幅させもする。貴重な時間を、幻影鑑賞に当てるのは、私には賢明な選択とは思えない。

大胆にいうなら、どうせなら全部忘れてしまいたいとすら思っている。自分の脳から、そして人生から、思い出の名場面集をそっくり削除してもいいとさえ思っている。

削除しても、やはり完璧にはできないだろうから、なおさら、溜まる一方のストックを分別ゴミのような捨ててしまいたいのだ。

さすがにこの辺の話になると、突飛と捉えられそうなので、このくらいにしておきたいが、要約するなら、過去からの影響・思い出は、所詮脳が作り出している幻影なので、今を味わい楽しむためには、粗大ごみとして大きくなった思い出に支配されてしまう前に、細々と消去していこうという話だ。そのために具体的には「さようなら」を魔法の言葉として私は使っている。


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「さようなら」は嫌なことばかりに使うのではなく、楽しい出来事を含む全てを対象とする。アイスクリームに対しても言う。自分が好きなものに対して「さようなら」と言った時の、喪失と爽快が入り混じったような豊かな感情は特別なものだ。その感情を得たことで、ひとつの呪縛から解放され自由をひとつ得たような気がするくらいだ。ちょっと大袈裟だが、そう言いたくなるほどの何かがある。

私は、明快に、大らかな明るい気持ちで、「さようなら」を言うようにしている。そこには感謝があって、良い悪いをジャッジせずに、ただ感謝して別れを告げ手放す。これは機械的とさえ言える繰り返しだ。

劇的な効果というのはないが、日々心が軽やかになれる。鼻歌まじりで、日々を春の一日のように過ごしているような気分だ。良いこともその時に味わい尽くしたら、迷いなく、「さようなら」を告げる。なるべく終わったあと間をとらないのが良い。傷つくような悪い出来事も、怒り悲しみ尽くした後で、やはり間をおかずに「さようなら」を言う。最初はぐずぐずしたり、尾が残ったりするが、慣れると簡単に手放すことができるようになる。

要は濁った水になって腐ることを避けるために、ちいさな水たまりにならずに、外へ、次へと意識を開いていくこと。それを「さようなら」が導いてくれる。

簡単なので、ぜひ一日だけでも楽しく試してもらいたい。別れを繰り返すことは、さっぱりさせてくれる。不必要なこだわりを捨て、ちいさなバックひとつで旅するようなものだ。

この原稿を書いていると、窓からは青空と白い雲が見えている。とても美しい晴れた午後だ。

されど、さようなら、ごきげんよう。


(つづく)


※『藤代冥砂「新月譚 ヒーリング放浪記」』は、新月の日に更新されます。
「#28」は2016年4月7日(木)アップ予定。

関連記事のまとめはこちら


http://www.neol.jp/culture/

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