△特集:光嶋裕介「ちいさな祈りの空間」
NeoL / 2017年2月23日 1時26分
△特集:光嶋裕介「ちいさな祈りの空間」
地元スイスの外で建築をつくることが珍しいピーター・ズントーの名建築がドイツのケルンにある。《ブルーダー・クラウス・フィールド・チャペル》(2007)は、農夫であるクライアントが建築家にその想いを手紙に綴り、設計をお願いしたところ、ズントーが「自分たちの手でつくることを約束してくれたら」という条件付きで、なんと無償で承諾したという。自分たちでつくるということは、プリミティブな技術で、かつ安価な材料でつくらなければならない。
ズントーは、シンプルな幾何学を少し変形した造形を生み出し、その型枠の中にテントのようにぎゅうぎゅうに組んだ杉の丸太をその中心に据えた。その周りに土を混ぜたコンクリートを流し込むように指示した。一回に流し込むコンクリートは高さがおよそ50センチ、月に2回、1年ほどかけると、10メートルを超える塔になった。中央に配置したテントのように積んだ木材の束は、ついに先端だけがかろうじてコンクリートから姿を出していた。
これでは、中に入ることもできない、コンクリートの塊に過ぎない。ここからが凄い。その飛び出した木の先端に火を点けて、テントに組んだ杉材をじっくり燃やし、燻すのである。2週間ほどで煙と共にすっかり炭と化して小さくなった木材を、一本ずつ丁寧に抜いていく。すると、シンプルなコンクリートの塔の中に三角形(正確には三角錐)の空隙がうまれ、そこが小さな教会となった。内部空間は、煤で真っ黒。その荒々しい表情に光が差し込み、このちいさな建築は、神と対話するための静寂を獲得する。
ここを訪れた時、入り口のシャープな三角形のアルミの扉が深く印象に刻まれた。まるでテントにでも入っていくようなプリミティブな祈りの体験だったから。三角形というもっとも安定した幾何学が立体化し、見上げると、涙型に空が見え、光に包み込まれる体験に心を揺さぶられたのだ。
元来西洋建築において、機能的な「四角」や、バラ窓やドームに使われる象徴的な「円」と違って、「三角形」という幾何学は、あまり使われない。扱いにくいと言ってもいい。ピラミッドや塔くらいしか思い浮かばない。しかし、このブルーダー・クラウス・フィールド・チャペルは、三角形を見事に内包した稀有な建築である。
ふと、帰りのアウトバーン(ドイツの高速道路の名称)からケルンの大聖堂が見え、二本の塔のシルエットが、さっきの三角形の扉とオーヴァーラップしたのを今でも鮮明に覚えている。
光嶋裕介
建築家、一級建築士
作品に《凱風館》(神戸)、《如風庵》(六甲)、《旅人庵》(京都)など多数。
ASIAN KUNG-FU GENERATION 《WONDER FUTURE》 2015全国ツアーの舞台デザインとドローイングを提供。
著作に『みんなの家。』、『建築武者修行』など多数、最新刊は『これからの建築〜スケッチしながら考えた』(ミシマ社)。
大阪市立大学、桑沢デザイン研究所にて、非常勤講師、神戸大学にて、客員准教授。
関連記事のまとめはこちら
http://www.neol.jp/art-2/
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