藤代冥砂「新月譚 ヒーリング放浪記」#52 ことば
NeoL / 2018年3月19日 17時27分
最近メモをよく取っている。
思考とは言葉だ。言葉を整理することで、心の渋滞や混乱が緩和され、平静を保つ上で効果をあげている。私は、結構熱量がある人間なので、マグマのような塊が、外へと出口を常に求めていて、それが滞ると自家中毒のような状態になる。長年自分と付き合ってきて、それなりに癖や性質を掴んでいるので、いかに自分を安穏に過ごさせるかのコツとして、アウトプット、出口を常に用意することを怠らないようにしている。
移動の多いライフスタイルなので、家にいる時以外は体と心が移ろうような状態になっていることが多い。そういう時には思考が活発になり、良いアイデアが心に浮かぶことが多いので、ポケットには小さいメモ帳を用意して、考えの段落ごとにメモを取るようにしている。多い時は、次から次へとアイデアや思いが尽きないので、まるで自分相手に取材をしているような様相となる。
繰り返すが、思考とは言葉で出来ている。言葉をいったん紙に乗せて眺めてみると、熱を帯びて思考に集中していた脳が、すっと冷静になって休まるのを感じる。それは地図を机の上に広げて眺めているようなもので、全体像がどの構成物によって成り立っているのかを概観できる。不安や混乱は、現在の状態を把握できないことが原因となって生じるので、それがスムーズにできるように自分に手を差し伸べることが必要だ。
紙に書くか、スマホやタブレットを使うかは迷うところだが、今は紙のメモ帳を選んでいる。言葉だけでなく、ちょっとした説明図やイラストを添えたり、スクラップもするので、私にはアプリよりも利便性が高い。
気に入っているのは365note(www.365series.net)で、365ページが2センチほどの厚みに収まっている。トレーシングペーパーのような強度の高い極薄の紙が365枚あるので、かなり書き込める。思いつくままにページを気にせず書き込んでいくことで、脳から絡まった紐がするすると抜かれていくような気持ち良さがある。
サイズは文庫大とそれほど小さくないのだが、このくらいが視認性においてちょうどいい。ページが多いものを敢えて使っているのは、以前に記したものを遡ってチェックする時があるからだ。過去の思考の履歴を確認することで、自分の現在地が明確になる。三ヶ月前に記していたことを、今また記しているような時は、膠着しているか、もしくはそのことに対する強い思いがあるかのどちらかで、それを判断する機会が持てる。
筆記具は極細0.5mmのボールペンJET STREAMがいい。インクが裏にあまり透けないのがいい。デザインがいまいちなのは残念だが、ここは機能を優先させている。この種の紙との相性が抜群でストレス知らずだ。
(2ページ目につづく)
記しながら、整理できるに越したことはないが、それはマストではない。頭の中にある物事をとにかく出し切ることが大切なのであって、整理はそれが済んでからでいい。頭の中になかった事柄も、最初に書き出したことが誘水となって芋づる式に釣られて出てくることもあるが、そういう時も、出るがまままに任せてしまう。たとえ、支離滅裂のようでいても、後から冷静に観察していると関連性があったり、その関連を見つけることで、整理が進むこともあるので、繰り返すが、とにかく躊躇せずに出し切ること。
その結果、頭の中が空っぽな状態が作れる。頭が軽いというのは、かなり生きやすい。自分の思考によって、文字通り頭でっかちになって、常時、知恵熱に苦しまされている状態に陥りやすのを、簡単に解決してくれる。
頭の中にスペースが生まれ、そこに何が入っていたのかがわかっていると、厳選されたトピックスについてしっかりとエネルギーを注いで思考できるようになる。案件の多さにうろたえたり、押しつぶされそうになるのを防いでくれる上に、最短距離と最短時間で取り込めるチャンスが生まれる。この場合、回り道が近道であることになるのだ。闇雲に力任せに推し進めるのではなく、全体を把握して取り組めるというのは、心地よく、仕事とプライベートの境も明確になるので、それらが混然となることを避けられる。
思い浮かぶことを、片っぱしからメモを取るだけで、特別なスキルも要らないこの方法は、生活のベースの一つとなっている。
ここまで記してきたことは、頭の中の言葉を外に出し、それを書き留め、自分の思考整理をすることについてだった。
ここからは、ことばの在り方について少し記してみたい。
本音とタテマエを使い分けながら、私たちは関係を潤滑に進めていることが日常となっている。言いたいことを飲み込んで、目の前の事象を過ぎゆかせている。全ての思いを吐き出すように、本音で生きていけたらどんなにか楽だろうと小さく願うことがあるかもしれないが、実際それを実行しようと踏み切らないのは、結局面倒臭いことになるからだろう。ちょっと想像してみれば、本音をぶつけ合う世の中というのは、そこに至るまでが大変で、その労力を天秤にかければ、やはり小さな本音ぐらいは飲み込んでしまうのが、賢くもある。こういうことは、生きていく上で多かれ少なかれ持たざるを得ないスキルであることは、もはやわざわざ言うまでもないだろう。滑らかに角をたてずに意見や価値観の相違を認め合うということである。
ただ、ここで問題にしたいのは、対外的な本音とタテマエのことではなく、自分の中に本音とタテマエ以上の分裂があることについてだ。
(3ページ目につづく)
こういう場合は常に文句を心の中で呟いていることが多い。マスクのような微笑みを顔に貼ってはいるが、前を歩く人の歩き方や服装について文句を言っていたり、それは天気についてだったり、店の看板のデザインについて、駅の改札の数についてだったりと、とにかく目につくもの全てに否定的な思いを呟いていたりする。
文句というのは、人を弱らせる怒りのエネルギーで満ちている。怒りから遠ざかるためのスキルとしてのタテマエと本音の使い分けが、前述したことだが、文句を心の中で呟き、怒りのエネルギーを溜め込んでしまうのは、緩やかな自殺である。毒の水位が身体内で気づかないうちに上がってきては、心や体の病を連れてきてしまう。どうにか解消すべきである。
心の中の文句は、たいてい汚い言葉遣いで語られている。口角を上げて微笑みを浮かべながら、人前で口にしたことのないような言葉で罵っている。そういう経験はないだろうか。そういう人は、まず目にくる。目の光に幕がかかり、輝きが失せてしまうから、ブレーキがかかり、人としての成長が停滞してしまう。
言霊というものは本当にあって、美しい言葉で暮らすと、姿勢が正されて健康になる。悪い言葉で暮らすと、その逆になるのは摂理でもある。
日頃から、心の中で悪態をついて、自己分裂した状態でいると、当たり前のことだが、自分がいなくなってしまう。分裂しているのだから、本人がどんどんいなくなって、器としての身体だけが抜け殻のように、生霊のように残ってしまう。
そうならないためにも、自分を一人にまとめておくこと。これが大切である。そのためには、言葉も一つでなくてはいけない。対外的な本音とタテマエは処世術として活かされるが、自分の中の心の分裂を生むような悪い言葉による独り言は、それが癖になる前に早めに止める努力をした方がいい。すでに悪い独り言が習慣づいてしまっている人は、諦めずに、絡まった毛糸をほぐすように、落ち着いて丁寧な気持ちでリカバリーしてほしい。
悪い言葉がいけないならば、当然美しい言葉と共に暮らすことは、良いことである。
美しい言葉とは、畏まった古風な言葉だけをさすわけではない。要は響きである。美しい言葉には、意味を超えた美しい響きがある。たとえば「ありがとう」。それを口にする時、耳で聞く時、心がすっと落ち着き柔らかくなるのを私は感じる。不思議なもので、外国語の「ありがという」もそれぞれ美しい響きがある。アラビア語の「シュクラン」中国語の「シェシェ」スペイン語の「グラシアス」関西語の「おおきに」。すべて意味を知っているせいからか、それぞれ美しい響きがある。
(4ページ目につづく)
人に、愛情や感謝を伝える時、人はまず美しい響きを音のプレゼントとして相手に与えようとするのではないか。求愛する鳥が美しくさえずるように。
それと同様に世界を肯定する言葉にも、相手ばかりでなく発した自分をも幸福にするエネルギーがある。「綺麗」とつぶやけば、心の中に、綺麗が生まれ、世界がその言葉が届く範囲で、綺麗へと彩られる。
そしてそれは、響きによる効用だけでなく、それを用いる時の心の姿勢にも影響を与える。丁寧に言葉を選べば、雑が薄まり、折り目の正しさが芽生え、その心地よさが心だけでなく身体の隅々まで行き渡る。つまり、それはセルフヒーリングになるのだ。
世界は美しい。私たちは、そのあまりもの美しさに時にだじろぎを覚えるけれど、その中に言葉とともに入ってしまえば、その美の波長と共に、自分自身が美の一部として暮らせると思う。美の中へ入っていく。同調していく。肯定していく。そのためには、暗い言葉、傷付いた言葉を、口と心に浮かべることなく、日々を送ることだ。
表象と内側を二重画像にしないこと。美しい言葉を用いて自分をひとつにまとめ、心の張りを失うことなく、すべてを初めて見る物事にすること。驚きと喜びと共に、深い呼吸を時折混えながら、新しい1日を迎え続けること。一人の夜の深ささえも、恐れではなく、美しい宇宙の闇として捉え、純粋な世界の始まりを観察するように過ごすこと。これらの始まりのひとつは、美しい言葉を内部に響かせることから始まる。
話は中程に戻るが、万葉集にこんな歌がある。
本音とタテマエも、恋ならば、美しく歌うならば、私たちをすっと柔らかく浮かべてくれる。
あしひきの 山より出づる 月待つと 人には言ひて 妹待つわれを
山から出る月を待っていると、人には言ったけれど、本当は君を待っているのだ。
※『藤代冥砂「新月譚 ヒーリング放浪記」』は、新月の日に更新されます。
「#53」は2018年4月16日(月)アップ予定。
関連記事のまとめはこちら
http://www.neol.jp/beauty/
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