Fantastic Fest /日本未上陸映画特集 : 『KEEP AN EYE OUT』
NeoL / 2018年10月11日 17時0分
始まったとたんに“これは変な映画だ”と分かることがたまにあるのだが、本作『KEEP AN EYE OUT』にいたっては開始わずか12秒足らずで思い知らされる。映画を作ろうと思ったときに一体どんなプロセスを踏めば思い浮かぶのかと監督に聞いてみたくなるオープニングシーン。このとらえどころのない珍妙さは、フランツ・カフカ『変身』のたった一行で有無を言わさず不条理な世界へ読者を誘うあの書き出しを想起させた。
『変身』では、夢から覚めるといきなりベッドの上で毒虫になっていた主人公ザムザが「おれはどうしたのだろう?」「もう少し眠り続けて、ばかばかしいことはみんな忘れてしまったら、どうだろう」と混乱するが『KEEP AN EYE OUT』の哀れな主人公フュガンも同様の気持ちを抱いているところから物語は始まる。
彼はいつからそこに座っていただろうか、窓のない警察署のオフィスでは今が何時なのかも分からない。疲労の色も濃く空腹に耐えられなくなっているフュガンは昨夜、自宅前で死体を発見してしまったばかりに容疑者として捕らえられ尋問を受けている。しかし、一向に無実が晴れる気配がないのは、そこにいる二人の警察がこの映画と同様一見して分かる変人たちだからである。一人は肺に穴が開いているのを何故かほったらかしにして、たばこを吸うたびに胸から煙が噴き出しているし、もう一人の片目の男はこれも何故か“警察になるための書類“を書くのに忙しく話を真面目に聞こうとしない。あげく昨夜の出来事を証言しているのを聞いて「お前の話は面白くないな」と言い放つ。
まともに会話もできない相手に潔白を晴らそうとする主人公の不条理でチグハグとしたやり取りを、死体を発見するまでの回想シーンを巻き込みながらワンシチュエーションで進行していく。
話はカフカに戻る。『変身』を喜劇だと捉える人はなかなか少ないと思うが、カフカ自身は出来上がりを爆笑しながら朗読し、友人たちを大いに引かせたという。しかし彼の死後、社会の変化によって疎外されてしまう人間の悲劇として世の中は評価した。
本作の、シリアスなトーンの中で不条理な展開が有無を言わさず起こり続け、あげくまともな者の方がと迫害されてしまうさまは『変身』に似ている。
不条理の世界で自分の正当性を証明することは出来るのか?そもそも、不条理の前に正当性は意味を成すのか。だんだんとパラノイアに侵されるフュガンに、我々観客は「自信を持て!お前は間違ってないぞ」と声をかけてあげたくなる。しかし同時に、彼が更なるトラブルに巻き込まれていくことを期待してしまう気持ちも抱いてしまうことは否めない。その方が見ていて楽しいから。そんな不条理さが、観客の心にも育っていく。
このようなアンサンブルで進行するワンシチュエーションものは、作品の一貫したトーンのうえに、観客を引き込む展開のグルーヴ感が勝敗を分ける。本作は、会話を中心としたウェルメイドな脚本やそれを実現するキャストの確かな実力はもちろん、70年代映画をベースとした撮影法とセットによる映像の優美さが滑稽なだけではなくアイロニーでシリアスな雰囲気をたたえ、一元的なジャンルを超えたアンビエントな存在へと押し上げている。
そして、奇妙な一夜を見届けたのち迎えるエンディングは、あなたの目に悲劇と映るか、はたまた喜劇と映るだろうか。
余談。日本の刑事ものでは尋問シーンにおいてカツ丼がよく登場するが、本作で空腹のフュガンに与えられるのは生ガキだった。当然のように与えられ彼もすんなり受け入れるので「フランスでは“生ガキでも食うか?”なんだ」と思わされたが、よくよく考えてそんなわけがないと思いなおした。やっぱりかなり変だけど気になって仕方ない、そんな一本だ。
An absurd all-night interrogation set in a camp ‘70s police station, Quentin Dupieux’s latest opus, KEEP AN EYE OUT, is a celebration of his own brand of quirky, offbeat humor, performed by France’s most refreshing comedic talents.
2018, DIR. QUENTIN DUPIEUX, 73 MIN., FRANCE
https://fantasticfest.com/films/keep-an-eye-out
text Shiki Sugawara
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http://www.neol.jp/culture/
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