“死の勝利”を勝ち得るために。『イット・カムズ・アット・ナイト』
NeoL / 2018年11月20日 17時0分
カルト的大ヒットホラー「イット・フォローズ」の製作陣、新鋭監督トレイ・エドワード・シュルツ、『ザ・ギフト』では長編デビューとしてメガホンを取ったジョエル・エドガートンが主演をつとめる新作心理スリラー『イット・カムズ・アット・ナイト』。夜やってくる正体不明の"それ"から二つの家族が逃げるスリリングな人間ドラマととらえどころのない恐怖を描く、今冬注目の作品だ。
恐怖はどこからやってくるのだろう。思えば映画草創期の19世紀末から現在に至るまで、ホラーは常に第一線で製作され続けているジャンルである。つまり、人はいつも恐怖とは何かを考え続けている。そしてその形は時代によって変化を遂げ続けている。こんなにも実体もなければ流動的な存在について、人はなぜ考えるのだろう。恐怖と向き合うことで、人は何が得られるのだろう。
『イット・カムズ・アット・ナイト』は、まさにそんな恐怖に対するプリミティヴな疑問が源となっている作品といえる。トレイ・エドワード・シュルツ監督が本作の脚本を書き始めたのは、7年もの間疎遠になっていた父と和解した直後に彼を看取ったことがきっかけだった。
オープニングは、一家の祖父が娘サラの横で死に際を迎えるというシーンから始まっている。家長ポールの手によって遺体が焼かれるのを息子トラヴィスと見守りながらサラは父親に向かって投げかけるその言葉こそが、シュルツ監督自身が父の死床で発したものだった。
祖父を失った一家は、祖父の命を奪った“それ”の感染に怯えながら三人の生活を再スタートさせようとしていた。しかしそんなおりに別の一家が助けを求めて来訪する。家長ポールは家族を守る使命感のもと自分たち以外を脅威と見なし、一度は拒絶するも結局は受け入れ、疑心暗鬼のなか二つの家族の集団生活が始まる……。
本作は主に思春期に差し掛かったサラの息子トラヴィスの主観を通して進行していく。祖父を死に至らせた“それ”の恐怖、家長ポールによって組織化された家庭観に対する反発、そこへ別の一家がもたらす新たな家庭観。混とんとした世界の中でトラヴィスは自分の存在のあり方を模索するべくもがく。
隔離された一軒家を舞台とした限定的な設定以外にも、死を目の前にした人間同士がお互いの関係性により人間性を失っていくことでさらに増幅される恐怖という点は、ホラーの枠組みの中に“人間とは何か?”というプリミティヴな疑問を呈した名作『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』を彷彿とさせる。
また、劇中に横たわる荘厳で幻想的なムードは古典ゴシックホラーの貫禄をたたえ、作品の独自性に貢献するのみでなく本作のテーマである黙示録的な虚飾、いわば普遍的な“地獄のイメージ”を表現するに有効なエッセンスとなっている。
作中彼らが何よりも恐れる、外からやってくる“それ”よりも更なる恐怖が彼らの関係性の中に、そして彼ら一人一人のなかに介在している。そして、それは生き物であれば誰しも逃れられない“死”という存在だ。
トラヴィスの部屋にかかっているルネッサンス画家ブリューゲルによる絵画『死の勝利』は、シュルツ監督の祖父母の農場の壁に銃とともに飾られていたものだという。ブリューゲルの描く地獄のような光景に子供の頃から魅了された彼は、死と対峙し向き合った表現者ブリューゲルにシンパシーとインスピレーションを得た。
「父の人生は後悔だらけだった。そして父の死は、私自身の死についても恐怖を植え付けた。一番の恐怖は、後悔に満ちた死に際を迎えるということではないかと思った」と監督は語る。
本作『イット・カムズ・アット・ナイト』は死という逃れられない存在と対峙させてくれる、そんなホラー映画だ。いずれ私たちを待ち受ける一番の恐怖を出来るだけ遠ざけ、“死の勝利”を勝ち得るために。
text
『イット・カムズ・アット・ナイト』
11月23日(金・祝)、新宿シネマカリテほか全国順次公開
https://gaga.ne.jp/itcomesatnight/
監督・脚本:トレイ・エドワード・シュルツ 製作総指揮・主演:ジョエル・エドガートン
出演:クリストファー・アボット、カルメン・イジョゴ、ケルビン・ハリソン・ジュニア、ライリー・キーオ
2017年/アメリカ/英語/92分/5.1CH/カラー/シネスコ/原題:IT COMES AT NIGHT/字幕翻訳:伊原奈津子
© 2017 A24 Distribution,LLC
配給:ギャガ・プラス
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http://www.neol.jp/culture/
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