片隅で生きる人間を照らす物語『希望の灯り』
NeoL / 2019年4月4日 20時32分
ヨハン・シュトラウス『美しき青きドナウ』に合わせ浮遊するフォークリフトが映し出される冒頭は、キューブリックによるSF大作『2001年宇宙の旅』を想起させる美しくも不思議なシーンだ。本作が描くのは近未来でなければ宇宙空間でも宇宙飛行士とAIの死闘でもない。登場人物は皆、郊外のスーパーマーケットにナイトシフトとして働く労働者である。
クリスティアンはある騒動の後に建設現場での仕事をクビになり、上司ブルーノから仕事を教わりながら巨大スーパーの在庫管理担当として働き始めた。フォークリフトの操縦試験に向け悪戦苦闘する中、お菓子売場を担当するマリオンに出会いそのミステリアスな魅力に惹かれていく。間もなく素朴で少し風変わりな同僚たちに受け入れられ、試験にも無事合格。前途洋々にも見えた彼の生活であったが――。
旧東ドイツ、ライプツィヒ近郊を舞台にしたこの作品で描かれるのは、それぞれの暮らしを懸命に営む人間たちに注がれる深い愛情の眼差し。
トーマス・ステューバー監督は「当時、東ドイツは産業が国営でした。民間に移行するために、工場が閉鎖、職が失われることが数多く起こりました。確かにシュタージがいましたが、独裁者がいた国ではありません。いいところもあった、西の人々と同じように生活があったのです」と語っている。
作中に何度も目にする、前職で鍛えられたであろうがっしりとした体つきと全身のタトゥーを隠すように作業服へ身を包むクリスティアンの姿。過去がありありと刻まれた身体のまま現在を生きようとする彼こそ、東西再統一から民主化がもたらされ大きな変化を経験した過去を持つ、いまのドイツに暮らす人々の一筋縄ではいかないアンビバレントな精神性を象徴しているのだろう。
またこの無口な主人公を演じるフランツ・ロゴフスキがクロアチア国立劇場などでダンサー、振付師として活動する背景を持つことも、本作を語る上で重要なポイントとなる。「まるでリフトを自分の腕の延長のように思い描いて演じました」と語る彼の言葉どおりに作中フォークリフトがまるでステージ上のバレエダンサーのごとく詩的に舞うことで、多くを語らない青年が操る"愛を語る道具"として機能する。スーパー以外に所属先も無い社会の片隅で労働者として生きる彼が人との関わり合いを求め、無機物に命を宿す光景は希望そのものだ。
フォークリフトの小さなターン、棚の間でやり取りするさり気ない目くばせ、仲間とこっそり食べる廃棄済のチョコレート、冷凍室で交わす鼻先のキス。うっかり見過ごしてしまいそうな日常のささやかな出来事を特別なイベントと捉え、働く人々を彼らの尊厳のままに描く本作から見えるのは、人間に根差す奥深い愛情である。全ての人生における幸福、希望、エネルギーは、大きな社会変化を遂げても決して変わることのない存在である――そんな、願いにも似たメッセージを深夜のスーパーマーケットから漏れる小さな灯りが照らしだす。
text Shiki Sugawara
『希望の灯り』
4月5日(金)、Bunkamuraル・シネマほかにて全国順次公開
公式HP: http://kibou-akari.ayapro.ne.jp
出演:フランツ・ロゴフスキ(『ハッピーエンド』『未来を乗り換えた男』)、ザンドラ・ヒュラー(『ありがとう、トニ・エルドマン』)、ペーター・クルト 監督・脚本:トーマス・ステューバー、原作・脚本・出演:クレメンス・マイヤー(「通路にて」新潮クレスト・ブックス『夜と灯りと』所収<品切>)
2018年/ドイツ/ドイツ語/カラー/ヨーロピアンビスタ/5.1ch/125分/原題:In den Gängen/英題:In the Aisles 配給:彩プロ 協力:朝日新聞社 宣伝:Lem
Ⓒ2018 Sommerhaus Filmproduktion GmbH
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