Our Body Issue : 3 female stories of K-Literature by CUON 韓国現代文学に見る女性の身体性
NeoL / 2019年6月28日 20時30分
2019年5月14日に可決成立した米アラバマ州の中絶禁止法。その後16州が同法案の制定に向けて動き、1973年の連邦最高裁が下した「ロー対ウェイド」の判決が覆される恐れが出てきた。女性による中絶の権利が保障されない可能性がある未来。次の世代が、私たちの世代より少ない選択肢の中で生きざるをえない可能性。それは日本に暮らす我々にとって決して遠くの出来事ではなく、そうした未来が我々にも存在するかもしれないという警鐘である。『Our Body Issue』ではこの警鐘に対し、様々な側面からまずは自分の身体について知り、ひいてはその身体を愛すること、選択肢を持つことの大切さを考えるきっかけを作りたい。
女性をエンパワーする優れた文学が次々と生まれている韓国。それらの韓国文学を早くから日本の読者に広め、架け橋となっている出版社CUONの経営者、金承福(キム・スンボク)に物語としての視点や構造、仕掛けが異なる3冊の本をセレクトしてもらった。
キム・ヘスン(金恵順)
連作「豚だから大丈夫!」
(Moonji Publishing)
*邦訳未刊行(『現代詩手帖』第58巻10号に一部掲載、翻訳:吉川凪)
今年6月、『死の自叙伝』(英語版タイトル“Autobiography of Death”)で詩壇のノーベル賞ともいわれるグリフィン詩文学賞(Griffin Poetry Prize)を受賞した詩人のキム・ヘスンさんは、詩を書き始めて以来40年間、女性やその身体をテーマにした猛烈な詩を書き続けています。以前『現代詩手帖』に掲載された「豚だから大丈夫!」もそうですが、女性の身体について時に自嘲気味に、グロテスクに描きつつ、それをブラックユーモアとして成功させています。すでに韓国の文壇で重鎮と見なされ、英語圏で数々の詩が翻訳されているのですが、これまでその作品は比喩が難解でわかりにくいとされていました。スポットが当たったのは、#Me Too運動が盛んになってからです。自分の詩を読んでくれている、反応してくれている人が目に見えるようになったと、詩人自身も語っています。
キム・ヘスンさんが今注目を集めているのは、時代が彼女に追いついたという解釈もありえますが、逆に40年前も今も相変わらず女性が抑圧され、解放されていないからかもしれません。女性が弱者のままでいる、利用されている、被害者として搾取されている……そういう状況だからこそ彼女の切実な想いが詩として今も存在するのであって、ある意味、悲しい詩であるとも言えます。
けれども、決してこの状況が変わることはないということではなく、時間はかかるでしょうが少しずつ変わっているのだと私はポジティヴに捉えています。女性が抑圧されてきた時代を変えるような出来事が、今どんどん起こっていることを前向きに考えたいです。
Moonji
ハン・ガン(韓江)
『菜食主義者』
翻訳:きむ ふな
(CUON)
突然肉食を拒否した主人公のヨンヘは、「食べない」ということで権力からの暴力性についてNOを突き付けているのですが、他の人にはなぜ彼女がそういう行動をとるのかわからないでいるというアイロニーがある。それをちゃんと書いているのが、ハン・ガンさんのすごさだなと私は思います。
妹が可哀想だとヨンヘの姉がただ泣いているだけなのに対して、芸術家である義兄だけはヨンヘの苦しみを感じ取れたと私は解釈しています。性交の描写もありますが、そうした場面からも性的欲求というものからは離れた、芸術の方に重点が置かれている。そもそもセックスというのは一つの芸術の瞬間、局面、作品かもしれないと私は思うのです。ここでもそういう美しい作品として存在しています。
キム・ヘスンさんやハン・ガンさんの作品は女性が語り手であり主人公。つまり作家として発話しているので、そこに描かれていることを受け入れやすいと思います。ゆっくり、噛み締めて読んでほしいと思う本です。
chekccori
チョン・ミョングァン
『鯨』
翻訳:斎藤真理子
(晶文社)
祖母、母、子と女性3代に及ぶ物語。なかでも母・クムボクの物語は今回のテーマに通じるところがあると思います。
体調を崩し、検査のために撮ったⅩ写真に骨しか写っていないのを見つめているうちに、身体は結局のところ何の意味もないんだ、綺麗にしたりすることも意味がないと考え始めたクムボクは、自分の身体を乱暴に扱い、無作為に男性と関係するようになります。関係した男性たちを得も言われぬ魅力で狂わせ、踏み台にしてのし上がり、女性として生活しながらも究極的なものは男性であると感じて、次第に男性化してゆく姿が描かれています。
クムボクのように、女性としての自分を愛せない人は昔から日本にも韓国にもたくさんいますし、このエピソードはすごく象徴的だと思います。男性が究極だということではなく、女性が粗末にされているということに気づかないんですね。
作者のチョン・ミョンガンは映画のシナリオも手がけていた人でもあり、500ページ近くを一気に読ませるストーリー性を備えた作品です。実はこの作品に関しては男性目線だという声も多く、女性が読んでいて反発心を抱くかもしれませんが、この作家はあえて仕掛けている気がするのでご紹介しました。
Amazon
CUON
韓国の優れた文学作品を精力的に紹介している出版社。アジア語圏の作品では初のマン・ブッカー国際賞受賞作ハン・ガン『菜食主義者』を皮切りとして2011年にスタートした「新しい韓国の文学」シリーズは現在19作品を取り扱うシリーズに(20作品目の作品も決定)。出版と並行して行う事業、ブックカフェ・チェッコリは2015年のオープン以来、日本語の本はもちろん日本国内で珍しい韓国語原書を取り扱うほか、韓国からゲストを招いてのトークイベントや韓国の伝統楽器の演奏会、ポジャギ(韓国の伝統的な手芸作品)のワークショップなど年間100本ほどのイベントも開催し、様々な形で韓国文化を広める場として機能している。
http://www.cuon.jp/
チェッコリ
営業時間:12:00~20:00 定休日:日曜・月曜
〒101-0051 東京都千代田区神田神保町1丁目7−3 三光堂ビル3階
チェッコリ公式ページ
text&edit Ryoko Kuwahara
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