加害少女の人格や精神性

NewsCafe / 2014年8月6日 15時0分

佐世保同級生殺害事件で、加害少女(16、逮捕時15)が義母に「人を殺して、解剖してみたい」と言っていることがわかった、との報道がありました。
この事件の背景は、加害少女の生きづらさやそのアクティングアウト(行動化)という側面だけではわからない、加害少女の人格や精神性について考えなければならないところが多いのかもしれません。

「人を殺してみたかった」という感覚は、2000年5月1日の豊川市主婦殺害事件で注目を浴びます。
特定の誰かに抱く殺意とは違って、不特定の誰でもいいという殺意が、少年事件でもあり得ることもを示しました。
この事件を知り、西鉄バスジャック事件の加害少年も「誰でもいいから人を殺してみたい」と思うようになり、同年5月3日、バスジャックを決行します。

こうした「人を殺してみたい」という加害者に私たちはどう対処すべきなのでしょうか。
もちろん、何年かに一度、こうした犯罪が起きるので、どのようにも対象ができない。被害者になるのは運が悪いとして諦める、という人もいるかもしれません。

しかし、今回の佐世保での事件のように、事件前から加害少女は「人を殺してみたい」と言っていたし、猫の解剖をしていることがわかっています。
だとすれば、何かしら対処ができそうな気もします。精神科医は加害少女の入院をすすめていたということですが、
そうした入院が迅速に、または適切に行なうことができれば、少なくとも、このタイミングでの事件は起きなかったかもしれません。

逆に、犯罪予備軍は予防拘禁として、犯罪をする前に捕まえてしまえ!という声もあるかもしれません。
これは、戦前にあった治安維持法の考え方でもあります。これは精神障害者を入院させることで社会を守るという発想です。
しかし、精神障害者を社会で受け入れるとで多様性を確保する。そのことが他の人にとっても生きやすい社会であるというのが今の考えです。
予防拘禁をすれば犯罪はゼロに近づきますが、ストレスも溜まり、生きにくい社会にもなる可能性を秘めています。

そう考えてみますと、被害に遭わないように社会が取り組むことが必要ですが、被害ゼロという社会はほぼあり得ないことになります。
被害者を出さないためには、加害者を社会に出さないのと同じように、被害リスクがある人を閉じ込めていなければなりません。
そんなことは「交通事故にあわないために、子どもを家に閉じ込めておく」「インターネットの被害にあわないために、子どもにインターネットを使わせない」ようなものです。
便利なものをすべて放棄することであり、現実的ではありません。

ただ、事前に「人を殺してみたい」という感情が明らかな場合の、なんらかの予防策は考えられなければなりません。
こうした自体に対処すべき、教育、心理、医療、司法、福祉のネットワークを今以上に構築する必要があります。
もちろん、いまの人員では人出が足りません。現状ではいくつもの仕事を抱え、かつ、担当しているケースが多すぎます。
そのため、各専門職を横断的につなぐ専門職を育成し、人員を配置していくことが求められるのではないでしょうか。

[ライター 渋井哲也/生きづらさを抱える若者、ネットコミュニケーション、自殺問題などを取材 有料メルマガ「悩み、もがき。それでも...」(http://magazine.livedoor.com/magazine/21)を配信中]



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