日本版『ジョーカー』の声が続々、『楽園』と『ジョーカー』の共通点は“疎外感”

dwango.jp news / 2019年10月25日 18時0分

国内外で多数の映画賞を受賞した『悪人』(10)、『怒り』(16)と映像化が続くベストセラー作家・吉田修一の新たな最高傑作「犯罪小説集」が、『64 -ロクヨン-』(16)を大ヒットさせた瀬々敬久監督により映画化。真の悪は誰なのか―心えぐられる衝撃のサスペンス大作、映画『楽園』が全国公開中。

公開から数日が経過し、作品を鑑賞した方々から様々な声が上がっている中、本作を【和製ジョーカー】、【日本のジョーカー】と喩える声が多数上がり盛り上がりを見せている。


SNS上では、「本作は今の日本の姿。『楽園』は【和製ジョーカー】です。この両作品が同時期に公開された事が今の時代事実なのだなぁ。」、「映画『JOKER』『楽園』には通じるものがある。現実社会とあまりにもリンクしていて胸がえぐられ涙が止まらなかった。“悪”とはいったい何なのか。」、「これが日本のジョーカー!『ジョーカー』が現代アメリカのリアルなら『楽園』は現代日本のリアル。居場所を追われた人間が地獄の中に見た一縷の光を見届けろ」、「『楽園』は『ジョーカー』に勝るとも劣らぬ映画なのでジョーカーを見て凄いと思った人、衝撃を受けた人に是非見てほしい作品ジョーカーに垣間見たものと同じくらい深く重たい闇が日本にもあり、そしてそれに向き合おうとする邦画の底力を感じてほしい。」等のコメントが多数見受けられる。

この度、瀬々敬久監督が『楽園』と『ジョーカー』の関係性についてコメントした。瀬々監督この二作品の共通点を“疎外感”だと語り、「『ジョーカー』は格差社会の中、ないがしろにされている弱者を描いており、その環境下で弱者が行動を起こすという映画。そういう意味では『楽園』も閉鎖的な社会の中で外国人差別、限界集落問題を扱っていて、その中でそのような人たちがどうやって生きていけばいいのかを描いている点で共通点があります。」とコメント。

根底にある軸が一緒のこの二作品だが、「『ジョーカー』を見ている人たちはアーサー(ジョーカー)側の視点に立って感情移入してしまうと思いますけど、私たちが作った『楽園』は映画を観ている最中に、もしかして自分たちもジョーカーを虐めている側かもしれないと思わざるを得ないとう点が『ジョーカー』と『楽園』の大きな違いです。我々が作った『楽園』はサスペンスなので物語の流れから犯人の予想をして見るんですけど、最終的に裏切られる。その瞬間に自分たちも犯人捜しをしている側、つまり根拠なく追い詰めている側にいたんだと思ってしまうんです。」と同軸でありながらも真逆のアプローチをしている点もコメントした。

ある地方都市で起こった少女失踪事件をきっかけに綾野剛演じる“豪士”は社会的立場の弱さから犯人と疑われてしまい、佐藤浩市演じる“善次郎”は養蜂で村おこしを計画するがそれを快く思わなかった村人たちから拒絶され孤立を深めていくことになる。豪士、善次郎はその社会的地位や村組織での立場の弱さが原因となり追い詰められる。そして本年度のヴェネチア国際映画祭でグランプリを獲得した『ジョーカー』もホアキン・フェニックスが演じるアーサーは不幸な生い立ち、境遇が原因で社会から拒絶され孤独を深め追い詰められることで“ジョーカー”になってしまうという物語。アーサーだからジョーカーに成ってしまったというわけではなく、環境によっては誰しもが“ジョーカー”になり得る可能性がある、そして『楽園』は環境によって誰しもが誰かを追い込んでいってしまう集団心理や現代の格差社会、差別をこの二作品は見事に表現している。

瀬々監督は「『ジョーカー』からも香港のデモなどを想起しましたが、世界が混沌としているこの時代に『楽園』という作品を作った意味があると感じます」というコメントも残し、今のこの世の中で『楽園』が公開されることの意味を語った。

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