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世紀の大傑作『かぐや姫の物語』にあえて苦言を一言 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 / 2013年11月26日 13時13分

 二点目はもっと深刻な問題です。序盤の山の中で「かぐや姫」が成長してゆく場面を通じて、身体の「秘めるべきところを秘めない」という表現スタイルが貫かれているのです。ある授乳シーンでは、乳房が大きくクローズアップされますし、赤ん坊や幼児はほとんど半裸の姿で、男女の身体的特徴まで露わに描かれています。幼児の「お尻」は何度も何度も出てきます。また、全裸の少女が水に飛び込むシーンもあります。



 表現の意図としては分かります。人間の身体性を通じて、ある種の自然と一体になった野生味や生命力を描きたかったのでしょうし、子どもの持つ不思議な成長のプロセス、あるいはそこに多少の超自然を入れて作品の神秘性ともリンクさせたかったのでしょう。そうした意図は確かに感じられ、効果も上げていると思います。

 ですが、こうした表現は余りにも「ガラパゴス」です。これでは、この大傑作は国境を越えて飛翔してゆくことはできません。

 残念ながら、授乳シーンや子どもの半裸、あるいは裸身のシーンは欧米圏、あるいはイスラム圏では上映に大きな制約がつくと思います。例えば、このままでは米国の場合ですと、本来であればPG指定で家族向けの大きな観客層を対象にすることが期待されますが、現在のバージョンでは全く無理で、PG13にするのが可能かどうかというより、不適切な内容だということになるかもしれません。レーティングを突破して上映しても、世評としては反発を買うでしょう。

 そうした宗教的な禁忌はナンセンスであり、ある種の「おおらかさ」も含めて日本文化を理解してもらいたい、そんな思いが制作サイドにはあるのかもしれません。また欧米から押しつけらての「児童ポルノ規制」が「表現の自由への弾圧」になっているということへの抗議の思いも秘められているのかもしれません。

 ですが、とにかく、このままでは折角の日本を代表するコンテンツの輸出に大きな制約がつくと思うのです。だからといって、このような歴史に残るであろう大傑作について、国内版と国際版の2種類を作るというのも格好の悪い話です。

 賛否両論あると思いますが、この点に関しては、クローズアップやシーンのカットといった小手先の処置だけでなく、前後の編集からリズム感を再構成した形で全世界で問題なく家族向けに上映できる版に仕上げて、それを唯一のオリジナルにしてはどうかと思います。大傑作だからこそ、そのように思うのです。高畑勲監督をはじめ関係者の皆さんにご一考をお願いする次第です。

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