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ユネスコの自然文化遺産登録で「和食」の世界は広がるのか? - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 / 2013年12月5日 13時32分

 というのは、世界的に見れば暑い土地、暑い季節にはスパイスの利いた料理で汗をかくのが主流だからです。消化を助け、食中毒を防止しながら栄養を取るための生活の知恵です。アメリカの場合は、そんなにスパイシーなものは食べませんが、夏と言えば屋外で「バーベキュー」をやって肉類を沢山食べるわけです。

 そこへ「夏に涼を取る食文化」というのを持ち込むというのは、勿論色々なアレンジは必要かもしれませんし、そもそも衛生面などのことを考えると「高級な食文化」になってしまうのかもしれませんが、ある種の健康的なライフスタイルとして新鮮な提案になるのではないでしょうか?

 その反対に、冬でも暖房を効かせた部屋で季節感のない料理を食べるという欧米のスタイルに対して、暖房は控えめ、その代わりに暖かい鍋料理や煮物、汁物で暖を取るというスタイルも、提案してみる価値があるように思います。

 春と秋については、春は芽吹きの季節であり花の季節でもあるわけで、そうした生命感と季節の食材の連動、秋は収穫の喜びの表現ということで、それぞれに地域の食材の特性を生かしながら「季節感のある日本食」を創造していったら面白いと思うのです。

 特色のうちの「盛りつけ」に関しても、色彩や造形への好みというのは土地柄を反映します。ですが、日本食であれば「ただ漠然と盛りつける」のではなく、食器の選択や取り合わせなどに意識的になることや、配膳の順番、あるいは並べ方に至るまで手間暇をかけることにするのです。

 ここまで考えてきて思ったのですが、日本食の「本質」というものが新鮮な食材の活用と、季節感を通じて「自然との一体感」を演出し、「盛りつけ」に意識的になるというものであるならば、それぞれの土地の気候や食材の特徴、あるいは美意識に合わせて日本食が「変化していくことこそ自然」であるのではないでしょうか?



 ということは、日本食の海外への普及ということを、日本食本来の精神に即していくのであればあるほど、「日本原産の生鮮食材」を輸出して「日本と全く変わらないオーセンティックな日本食」を提供するということから離れていっても構わないということになります。そうなると経済効果が限定されてしまいますが、その点は調味料と乾物を中心にまだまだ拡大の余地はあるように思います。

 食文化というのは国境を越えた瞬間に、その土地柄に合うように変化していくのは極めて自然です。その自然の成り行きについて「なんちゃって日本食」とか「ニセモノ」だとして忌避するのではなく、海外のそれぞれの土地柄に合わせて「新鮮な食材と季節感、美意識」を高いレベルで実現しているのならば「そうした変化の中に日本食の本質が生きている」ということにしてゆけば良いのです。

 アメリカでは、寿司ブームが加熱する中で、板前修業に志願してくるアメリカ人も増えています。彼らは、修行中は真剣に日本人の師匠の言うことを聞いていますが、心の奥には「創作料理」への情熱を抱えた人間が多いのです。そうした人々が伸び伸びと包丁がふるえるようになっていって良いのです。ただし、そこにはある「大枠としての日本食のガイドライン」があり、少なくとも調味料と乾物だけは本国のものがホンモノだと言う信頼感がある、そんな形での「拡大」が現実的ではないかと思います。

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