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『鉄くず拾いの物語』が問いかけるもの

ニューズウィーク日本版 / 2014年1月14日 15時1分

 彼らがロマだったことは関係ない。偶然そうだっただけだ。

 いまの社会システム全体を考え直さなければならない時期に来ていると思う。どの国に行っても将来を楽観視している人はほとんどいなくて、みんな自分たちの社会や世界の先行きを悲観している。

 富の配分で失敗したこともあるのだろう。人類の答えが、自由資本主義だと私には思えない。1%の富裕層が富の99%を所有する現状は何の解決にもならないし、戦争や貧困のきっかけにもなると思う。社会主義は国家として機能しなかったが、考え方としては最善なものの一つではなかったか。

──ボスニア紛争前のユーゴスラビアは社会主義国家だった。当時なら、貧しくて保険証が持てず、医療を受けられないセナダのような例は起きなかった?
 
 そうだね。最善ではなかったかもしれないが、少なくとも必要なシステムが成立していたから。今はシステム自体がない。あるとしても、強き者のみを助けるものになっている。

 人々はそれを資本主義と呼ぶが、私は封建主義に逆戻りしているような気がする。権力者が数人いて、ほかの人々は彼らに奉仕する、そういう社会に戻っているみたいだ。

──あなたはパリに10年住んだ後、5年前に故郷サラエボに戻った。

 サラエボは小さな町なので生活しやすい。パリでは子供たちをあちこち連れて行くのに、車で何時間もかかることが多かった。ずっと住み続けるかどうかは分からないが、今は両親のそばにいたい気持ちもあるし、妻がモンテッソーリ教育の学校を作ったからというのもある。最高の学校で、うちの子供たちも通っているんだ。

──映画を撮り始めた頃は考えなかっただろうが、ベルリン国際映画祭に出品した時には「もしかしたらいい評価を得られるかも」と思ったのでは?

 それは本当に期待していなかったし、出品されるだけで本当にうれしかった。



 ただ、カメラマンのエロルからは怒って電話が掛かってきたよ。「(映画祭の審査委員長である)ウォン・カーウァイ監督が見ると分かっていたら、あんな小さなカメラで撮らなかった!」って。ごく普通の市販のカメラで撮っているからね。

 カーウァイの作品を見ている自分としては、彼がこういう映画に心を動かされるとは思っていなかった。だから受賞は嬉しい驚きだった。審査員と話す機会もあったが、みんなコンペティション部門で最初に見たこの映画を鮮やかに覚えていてくれた。

──ナジフは今どうしているのか。

 この映画で彼はスターになった。女性誌の表紙を飾ったし、国中の人が彼を知っている。今は公園の清掃の仕事をしていて、生活環境はよくなった。仕事を得て、少しのお金と健康保険や社会保障なんかを手に入れて、ベルリンに旅することも出来た。彼の世界をちょっとは変えることができたのかな、と思う。

──次の作品『ホワイト・ライズ』はどんなものになりそうか。

 それはトップシークレット。もし漏らしたら、あなたを抹消しなくてはならないから内緒だ(笑)

[2014.1.14号掲載]
大橋希


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