国連の限界をさらした北朝鮮「人権」報告書
ニューズウィーク日本版 / 2014年3月5日 15時46分
北朝鮮の人権侵害の実態がついに世界から「クロ」と認定された。国連人権理事会の調査委員会は先週、過酷な現状を取りまとめた報告書を発表し、372ページにわたって強制収容所や拷問の横行、公開処刑、政策が原因の飢餓などを詳細に記述。国家ぐるみの「人道に対する罪」として、大量虐殺や戦争犯罪を裁く常設法廷である国際刑事裁判所へ付託せよと国連安全保障理事会に勧告している。
当の北朝鮮は報告書の内容を全面否定し、欧米や日本が人権問題を政治利用した結果だと強く反発した。ただ北朝鮮の人権侵害は今に始まった話ではない。北朝鮮の指導者が国際法廷の場で裁かれる可能性も低い。常任理事国の中国が、ほぼ確実に反対するからだ。
今回の発表で浮き彫りになったのは、国連という組織の限界だ。確かに、国際機関として人権侵害の実態を取りまとめて世界に注意を促したことは評価すべきだろう。報告書は北朝鮮で最高指導者への忠誠度で分けた「出身成分」という階層制度が国内に差別を引き起こしているという、あまり知られていなかった事実も明らかにしている。
だが日本や韓国のように北朝鮮情報があふれる国にとって、報告書の内容はこれまでにも想像できる内容が多かった。国連が北の人権侵害を非難し始めるまでなぜこれほど時間がかかったのか、むしろ疑問に思う声のほうが多いはずだ。
北朝鮮の人権侵害が広く知られるようになったのは、自然災害で飢餓が蔓延し、脱北者が出始めた90年代末以降。彼らの告発により、指導者が豪遊する一方で、国民の一部が土や木を食べて飢えをしのぐ惨状が明るみに出た。
証言の中には信憑性を欠くものもあった。日本語に堪能で日本メディアに頻繁に登場した元北朝鮮諜報工作員の安明進(アン・ミョンジン)はその代表格だろう。安は、北朝鮮による日本人拉致被害者を平壌で目撃したと語って被害者家族に期待を抱かせた揚げ句、証言を撤回して混乱させた。
ただこういった証言をする脱北者は、既に数万人規模に達している脱北者全体のごく一部にすぎない。数万人の国民が恐怖から逃れるため脱出している現状が、北朝鮮の実態を何より雄弁に物語っている。
「そもそも内政の話だとして、人権問題と捉えることに懐疑的な加盟国もあった」と、人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウォッチの政策提言ディレクター、ジュリー・デリベロは言う。北朝鮮と友好関係にある中国だけではなく、南アフリカやインドネシア、エクアドルなどがそうだ。「彼らを説得するのに10年以上もかかった」
「寄り合い所帯」の宿命
意思決定の遅さの原因は、組織の成り立ちにもある。寄り合い所帯ゆえ主体性がないのだ。
「調査委員会の設置を決めたのは『国連』ではなく、あくまで人権理事会を構成する加盟国だ」と、国連人権高等弁務官事務所(UNHCHR)の広報担当セドリック・サペイは強調する。「どのような考えで委員会の設置を決めたのかは、それぞれの加盟国に聞かなければ分からない」
国連調査委員会のマイケル・カービー委員長は記者会見で、「現代の世界で比類ない」と、ナチスも引き合いに出しながら強い口調で北朝鮮の人権侵害を非難した。だがどれだけ声高に批判しようとも、中国が拒否権を持つ限り国連による問題解決には多くを期待できない。
金正恩(キム・ジョンウン)第1書記はそのことをよく分かっているはずだ。だから安心してバスケットボール観戦を楽しんでいるのだろう。
[2014.3. 4号掲載]
前川祐補(本誌記者)
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