33時間かけてたどり着く決戦の舞台 - 森田浩之 ブラジルW杯「退屈」日記
ニューズウィーク日本版 / 2014年6月14日 13時5分
「反ワールドカップ」系のメッセージは、きょう歩いたかぎりではひとつも目にしなかった。むしろ一般の家で窓に国旗を掲げるというセンスは、ワールドカップになると白地に赤い十字のセントジョージクロス(「イギリス」ではなく「イングランド」の旗)を窓に掲げる家が増えるロンドン郊外と同じように思えた。
ネット上で確保している観戦チケットを発券する必要があって、FIFAのチケットセンターに行く。ちょっとトラブルがあり、スタッフの手際の悪さにイラついてしまったが、こういうときは日本を基準に考えないようにしている。日本で求められているサービスのレベルのほうが高すぎるのだ(その高いサービス水準を維持するために、日本社会が多大な代償を払っていることも事実だと思う)。
突然、とても空腹を覚える。チケットセンターを出たのは午後2時半くらいだったのだが、昼食を食べていない。それどころか今日になって口にしたのは、リオからの国内線の中で出されたクラッカーみたいなものだけであることに気づく。
チケットセンターがあるのは「ショッピング・レシフェ」という、世界のどの国にもひとつはありそうなショッピングモールだ。疲れがたまっているので志は低く抑え、このモールで何かを食べることにする。幸いなことに、わりと大きなスクリーンにワールドカップ中継を映していて、客がこの時間からアルコールを飲んでいる店が見つかる。
メニューがポルトガル語のものしかないので、スタッフに英語でおすすめを尋ねる。そのなかからサラダと、魚のグリルをお願いする。魚だということ以上のことはわからなかったが、とてもおいしかった。モッツァレラチーズを使ったサラダも、機内食を5食続けて食べた体にはしみわたった。地元のピルスナービールも個性があってうまかった。
ひと心地ついている間に、目の前のスクリーンにスペイン代表のシャビやイニエスタが映りはじめる。気持ちに余裕がなかったせいで忘れていたが、午後4時からスペイン─オランダという大変なカードが始まるのだ。見られる場所にいたのはラッキーだったけれど、試合を見るには最高の席に座っていたので店側からのプレッシャーも強まってくる。ビールが空いたら、すぐにスタッフが「ワンモア?」と聞いてくる。
イエスと何度か言ううちに、ビールの酔いが33時間の旅の疲れをいい感じで引き出しはじめたらしい。試合をしている選手たちより先に、僕の左の太もものあたりがつってくる。なかなか痛みがとれないので、ちょっとだけ店の外に出て脚を伸ばしていたら、中から大歓声が聞こえる。ロッベンがものすごいゴールを決めて、オランダが2-1と逆転したのだ。次に右の太ももがつってくる(ロッベンではなく、僕のだ)。また外へ出る。すると今度はファンペルシーがゴールを決める。僕はついに左脚のすねがつってくる。また外へ。その間にロッベンがなんと5点目を決める。大変な試合になったのだが、脚の不調のせいで絶好調なオランダの3ゴールを見逃してしまった。
でも、ブラジルの初日の過ごし方としては悪くなかったのだろう。疲れもとれてきたし、なによりワールドカップを開いている国の空気を楽しめた。レシフェの人たちはやさしいみたいだ。車が走ってくるところへちょっとタイミング的に無茶な道路の渡り方をしてしまったときがあったのだが、運転していた男性はわざわざ車のスピードを緩め、窓を開けて笑みを返してくれた。スーパーのレジに並んでいたら、周りの人たちがきみはかごの中の商品が少ないからと言って順番を譲ってくれたりした(前の3組くらいは、たしかに大変な量の買い物をしていた)。
危ないことがあったわけでもなく、僕にとっては「ハッピー・ワールドカップ」としか言いようのない初日だった。日本代表がまもなく決戦のときを迎えるのは、そんな街だ。
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