対クルド攻撃を優先させるトルコ - 酒井啓子 中東徒然日記
ニューズウィーク日本版 / 2014年10月17日 12時43分
だからといって、PKKとの関係が良好であるとは到底いいがたい。準備もなくイスラーム国と正面衝突するリスクを冒してまで、トルコ軍としてはPKKやYPGのために行動することは考えられない。
ならば何故、米政府はクルド勢力に肩入れしているのか。米国務省自身、PKKを「テロ組織」と認定しているのだから、その疑問はなおさらだ。その理由は、米軍にとって対イスラーム国退治で頼りになる勢力がクルド勢力、特にPKKやYPGしかいない、ということだ。言い換えれば、イラク国軍や周辺アラブ諸国などは全く頼りにならず、唯一勇猛果敢にイスラーム国と戦っているのがクルド勢力だけだということである。
イスラーム国がモースルに来たとき、イラク国軍がほうほうの体で逃げ出したことは、以前このコラムでも述べた通りだ。その後イラク政府が信仰心をダシにかき集めた即席部隊は、もっぱらシーア派民兵たちで構成されており、彼らは国土防衛よりシーア派聖地防衛に命を懸けている。政府は、スンナ派部族勢力を取り込んで外来のテロリストと戦わせる、というかつての米軍の手法を再度繰り返そうとしているが、いまだ確たる成果は見えない。
しかも、同じクルド勢力でも、イラクで半ば独立状態にあるクルディスタン自治政府の軍(ペシャメルガ)がろくに戦力にならなかったことが、米政府にとっては想定外だったに違いない。イラク戦争前、クルド民兵としてフセイン政権下のイラク軍と戦い続け、唯一「解放区」を維持し続けてきたペシャメルガなら、きっとイスラーム国をも撃退してくれるに違いない――。米政府はそう期待したのだろう。だが、イスラーム国はクルディスタン自治政府の首都アルビル近くまで進撃し、ペシャメルガの弱体ぶりが露呈してしまった。
代わりに活躍したのが、PKKの部隊だった。シンジャールで少数宗派のヤズィード教徒がイスラーム国進撃の危機に晒されたとき、先頭に立って戦ったのが、PKKなのである。
PKKはトルコのクルド勢力であり、本来イラクには基盤はない。だが、90年代、イラクのクルディスタン地域が米欧の支援を得て半独立状態を確保すると、PKKはトルコ軍の攻撃を避けて、しばしばイラクのクルディスタンに逃れてきた。トルコ政府との関係を損ねたくないイラク・クルドの中心政党、KDP(クルディスタン民主党)は、当時トルコ軍のPKKに対する越境攻撃を許しただけではなく、KDP自ら、トルコ軍の代理としてPKK潰しを率先して行っていた。
その頃、イラクのクルディスタンで反政府活動を行っていたクルド人青年にインタビューしたことがある。曰く、PKKは単にトルコからの余所者ではなく、イラクでも若者に人気が出ているのだ、と。何故?と尋ねたところ、「KDPもPUK(クルディスタン愛国同盟)も、大政党の地位にあぐらをかいて、ちっともクルド社会が抱えている問題に向き合っていないからだ」。
20年近くも前のインタビューだが、実は弱体だったペシャメルガと、イスラーム国相手に唯一豊富な戦闘経験を持って戦っているPKK、という対比は、その頃の状況を彷彿とさせる。頼れる武闘組織がPKKしかないというところに、米のイスラーム国対策のずさんさが表れている。
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