高齢者の視力を救う「望遠」コンタクト
ニューズウィーク日本版 / 2015年3月23日 12時49分
年を取れば、誰でも視力は衰えるもの。老眼鏡や遠近両用の眼鏡が手放せなくなっても、大騒ぎするほどのことではない。
とはいえ、加齢にまつわる目のトラブルには老眼よりずっと深刻なものもある。その1つが、失明につながりかねない加齢黄斑変性(AMD)。網膜の中心部にある「黄斑」の細胞が劣化し、視機能が低下する病気だ。
網膜の周辺部の視力は残るが、本を読む、他人の顔を識別する、運転するといった日常生活に重大な支障を来す。
アメリカではAMDは失明原因の第1位。世界全体の患者数は20年までに1億9600万人に達するとみられ、WHO(世界保健機関)も「治療を優先すべき眼病」に指定している。
治療の選択肢はいくつかある。最も一般的なのは、病的な細胞の成長を抑制する薬を定期的に目に注射する方法だ。ただし、この治療法では「症状の進行は防げても、失われた視力を取り戻すことは難しい」と、ジョンズ・ホプキンズ大学のニール・ブレスラー医学博士は言う。
患者の水晶体の代わりに超小型の望遠レンズを目の中に埋め込み、病変に侵されていない網膜周辺部に拡大映像を映し出すという方法もある。だが、米食品医薬品局(FDA)の承認を得て実用化の期待が高まる一方、一度埋め込み手術をすると取り外せないなどの課題も多い。
軍事転用される可能性も
そこで注目を集めているのが、スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)のエリック・トランブリーらの研究チームが開発している「望遠機能付きコンタクトレンズ」だ。
コンタクトレンズの中央部に内蔵された望遠レンズを介して、見たいものを拡大して見られる点は埋め込み型と同じ。ただし、こちらは通常のコンタクトレンズと同じように取り外しができる。
「5人の患者に臨床実験を行い、着け心地と機能面を確認した。とてもいい結果が出ている」と、トランブリーは2月に開かれたアメリカ科学振興協会(AAAS)の年次総会で語った。
問題は、AMD患者の大半が70〜80歳代の高齢者で、コンタクトレンズを目に入れるという細かい作業に不安があること。さらに、最大の問題点はレンズの酸素透過性の低さだと、トランブリーは言う。
このレンズの厚さは1・55ミリで、一般的なソフトレンズ(0・35ミリ)よりかなり厚い。そのため研究チームは、レンズに小さな空気穴を開けたり、酸素入りの液体をレンズ内にためるといった工夫を重ね、十分な酸素を角膜に届ける方法を模索している。
奇妙なことに、この研究には米国防総省防衛先端技術研究計画局(DARPA)が多額の資金援助をしている。
国防総省が眼病治療に関心を寄せるのは、EPFLが望遠機能付きコンタクトレンズとセットで使う特殊な眼鏡の開発も進めているからだ。
この眼鏡は着用者のウインクを認識してコンタクトレンズへの光の入り方を調節するという優れもの。右目をウインクすれば、遠くの物が大きく見える「望遠鏡モード」に、左目をウインクすれば「通常モード」に切り替わる。戦場の兵士にとっては、究極の「ハンズフリー・ズーム」といえる。
高齢者を失明の恐怖から救う最先端技術が恐怖の戦場で役立つなんて、何とも皮肉な話だが。
[2015.3.10号掲載]
イライジャ・ウルフソン(科学ジャーナリスト)
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