シンガポール「創業者」、リー・クワンユー氏の功罪 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
ニューズウィーク日本版 / 2015年3月24日 12時20分
91歳というのですから日本風に言えば、天寿をまっとうしたと言えるでしょう。天寿というと「枯れた」イメージがありますが、シンガポールの方向性に誤りが生じたら墓の中からでも出てくると生前言っていたリー・クワンユー氏ですから、引退した後でも生への執着がパワーとなって長生きしたとも言えます。いずれにしても、大変な傑物であったことは間違いないでしょう。
偶然ですが、この1月末に私はシンガポールのチャンギ空港にトランジットのために、立ち寄りました。ターミナル3が出来て、スカイトレインも充実した空港は、まるで1つの都市のようでした。私は深夜の時間帯に滞在しただけですが、清掃や治安維持の活動も整然としており、世界一の空港という呼び声も当然という思いを新たにしました。
それにしても、現在の一人当たりGDPは7万ドルを越え、各種の統計(IMF、世銀、CIA)のいずれにおいても世界のトップ5に入っていますし、日本の倍以上というのですからおそれ入ります。GDPのグロスでも4250億ドル、つまり50兆円弱ということは、仮にこの都市国家を企業体になぞらえるのであれば、世界有数の巨大企業を一代で築いた文字通りの「創業者」ということでしょう。
このシンガポールの「開発独裁」という体制に関しては、この結果を見る限りそう簡単には批判できません。例えば、イギリスの植民地から離脱するために、大変な苦労をして、その結果としてマレーシア連邦に加盟できたと思ったら、マレー人との軋轢の結果として、当初は思っても見なかった「マレーからの分離、独立」という道を選ばざるを得なかった歴史において、当初から公選制の民主主義という体制選択は不可能であったわけです。
というのは、1965年の独立の時点でマレーシア連邦からは離脱しても、シンガポール国内にはマレー系の人口は存在しており、彼らとの共存が国家存続の大前提だったからです。例えば69年には、マレーシアにおける総選挙で華人系が躍進した結果、マレー人との抗争が発生し、シンガポールでも大規模な流血事件が起きています。
そんな中、華人主導の国家として出発したシンガポールは、選挙という制度を採用しても、それが「人種抗争の場」になる危険性がありました。そのため緊急避難的な政策として賢人政治ということになった、そこにはある種の必然性がある、そう認めざるを得ないのです。
社会の安定と経済成長に伴って、どこかの時点で政治の自由化ということはあっても良かったのです。ですが、この点に関してはリー氏自身を含めた指導部の猛烈な努力で、常に政策上の最適解を求め続けたことと、リー氏が特に私利私欲に走らずに国民の信を全く失うことがなかったために、この1人当たりGDP7万ドルというところまで、独裁のまま来てしまったわけです。こうなると開発独裁という言葉は当てはまりません。成熟独裁とでも言うしかないわけです。
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