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アラブ合同軍は何を目的とするのか - 酒井啓子 中東徒然日記

ニューズウィーク日本版 / 2015年3月30日 11時2分

 サウディがそこまで決意した原因として、シーア派たるホーシー派の進出の背景にイランの影響力強化を危惧しただろうことは疑いがない。おりしもイラクでは、ISに制圧されていたスンナ派の都市ティクリートに、政府部隊が総攻撃をかけている最中だ。政府が動員した部隊は、シーア派宗教界の鶴の一声で結集したシーア派の民間人をかき集めた義勇兵部隊(民衆動員組織と呼ばれる)で、イランの革命防衛隊が陰に陽に、指揮、訓練している。シーア派の義勇兵が「祖国を守った英雄」視され、ますますイラクは、シーア派主導、イランとの二人三脚が当たり前の国になっていく。そんなイラクに加えて、イエメンまでシーア派=イランが迫ってきてはたまらない、というのが、サウディアラビアが抱える危機意識だろう。

 そう考えれば、アラブ連盟が作る合同軍の仮想敵は「シーア派=イラン」なのだろうか。「アラブの連帯」といいながら、その実目指しているものは、「スンナ派の連帯」になってしまうのか。そういえば、1980年、前年成立したイラン革命に危機感を抱き、イラクがイランに仕掛けたイラン・イラク戦争も、「アラブの地」を「非アラブのイラン」から守る、と称して行われたものだった。シーア派陣営にイラクが飲み込まれてしまった今、そのかわりをサウディアラビアがアラブ連盟をバックにやろうとしているのか。

 とはいえ、アラブ合同軍を主張する国々は、それほど一枚岩なわけではない。そもそもエジプトが同案を主張したのは、2月、リビアでエジプト人キリスト教徒たちがISに殺害された結果、エジプト軍がISのリビア拠点を空爆したのが契機だ。その場合の仮想敵は、リビアなどエジプト周辺のイスラーム武装組織(スンナ派)になる。アメリカはといえば、こうした動きがシリアのIS征伐に寄与してくれればと考えている。

 つまるところ、各国が各国それぞれの考える仮想敵を退治するために、動員できる合同軍が欲しい、ということに過ぎない。そんな個々の国益を「アラブ」とか「イスラーム」といった大きな枠組みで覆い隠して正当化しようというのは、アラブ連盟がバラバラになり始めた1978年の状況から、たいして変わるところはない。

 ところで、最後に気になることをひとつ。エジプトであれ、サウディであれ、正規軍が動いている。つまり、戦争をしている。

 中東では、アラブ諸国同士が直接戦火を交えることは、これまでなかった。1973年までの戦争はアラブ諸国と非アラブのイスラエルの間で、1988年まではイラクと非アラブのイランの間で、1990年以降はイラクとアメリカとの間で、行われてきたにすぎない。湾岸戦争でイラクと戦ったアラブ諸国はあるが(エジプトやサウディ、シリアなど)、アラブ諸国同士の闘いというより、米軍に恩を売るための参戦でしかなかった。そして、各国とも自国の軍を動かすのは、国内の反政府勢力を鎮圧したり「対テロ戦争」に起用したりなど、国内向けの場合が多かった。

 それが今、自国の利益に基づいて、各国が軍を隣国に向けているのである。アラブ諸国は、「テロ」や「内戦」の時代から、これまで見たこともない同時多発「戦争」の時代に突入したのだろうか。

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