捲土重来を期すロシア、核の勢力圏を拡大
ニューズウィーク日本版 / 2015年4月2日 16時30分
ロシアが「核の傘」を広げている。ただし核兵器による抑止力ではない、原発によるエネルギー源の囲い込みだ。先週には中東の非産油国ヨルダンと、同国初の商業用原発の建設協定を結んだ。総工費100億ドルのうち、49・9%をロシア側が負担するという。日本勢も受注を目指していたが、ロシア側の大盤振る舞いには勝てなかった。
受注したのはロシアの国営企業ロスアトム。核兵器も含め、ロシアの原子力部門を一手に握る独占企業だ。ヨルダンでは北部アムラに原子炉2基を建設する計画で、うち1基は22年までの運用開始を見込む。
ウクライナ情勢をめぐる国際社会の経済制裁で苦境に立つロシアは、莫大な費用負担を引き受けてでも原発の輸出を進め、周辺各国にロシア製原発の市場を広げたいらしい。ちなみに今回の契約には「運用開始から最初の10年間はロスアトムから核燃料を購入する」という付帯条項が付いている。
エネルギー資源の乏しいヨルダンは現在、総需要の98%近くを輸入に頼っている。人口の増加もあって、電力需要は今後も年率7%以上の伸びが予想される。一方で周辺産油国の治安が悪化すれば、エネルギー供給はすぐに止まる。
「イラクの石油やエジプトの天然ガスが途絶えたこともある。大変な痛手だ。年間30億ドル相当の損失になる」と言うのは、ヨルダン原子力委員会のハレド・トウカン委員長。将来的には、原発で電力需要の4割前後を賄う計画だという。
電力需要は近い将来、現在の2倍になりかねない。人口が増え、社会の近代化が進めば水の需要も増える。だが海水を淡水化するには莫大な電力が必要となる。国内に眠るウラン資源も(原発の運用開始から10年以上たてば)国産エネルギー源として利用できるかもしれない。
ロシアに接近する国々
欧州安保協力機構(OSCE)のコンサルタントを務めていたリチャード・ジラゴシアンによれば、ヨルダン国民の多くは今回の協定に疑問を抱いており、今でこそロシアは甘い顔をしているが、「いずれ厳しい条件を押し付けてくる」のではないかと恐れている。
一方でジラゴシアンは、ヨルダンに続いて「ロシアの核の傘」に入る国が続く事態を懸念している。「エネルギー不足に悩む諸国は好条件を求めてロシアに取り入ることだろう」
ロンドン大学キングズ・カレッジで戦争史を研究しているオスカー・ヨンソンも、今回の協定はロシアの核外交の一環であり、「ヨルダンと欧米諸国との関係にくさびを打ち込もうとする動き」と警戒する。ロシアも欧米もヨルダンを重要な同盟国と見なしているが、それはヨルダンが「中東地域では珍しく安定した国」だからだ。
ヨルダンはNATO加盟国ではないが、欧米の主要な同盟国としてNATOと秘密情報などを共有する機会が多い。「NATOは今回の協定を歓迎できない」とヨンソンは言う。「ロシアはアメとムチを使い分ける。いざとなれば原発の建設工事を意図的に遅らせることもできるし、ヨルダンの情報機関の人間を抱き込むこともできる」
ちなみに、ロシアはエジプト政府との間でも原発建設に関する覚書を交わしている。ロスアトムはハンガリーでも原子炉建設を受注しているし、フィンランドの原発に核燃料を供給する契約も結んだ。包囲網を狭めたい欧米と、核の傘を広げたいロシアの確執は続く。
[2015.4. 7号掲載]
フェリシティ・ケーポン
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