本末転倒で迷走する「エネルギーミックス」論争 - 池田信夫 エコノMIX異論正論
ニューズウィーク日本版 / 2015年4月9日 17時17分
今年11月末からパリで開かれるCOP21(国連気候変動枠組条約締約国会議)に向けて、3月までに各国は二酸化炭素(CO2)削減目標を出すことになっていた。EU(ヨーロッパ連合)は2030年までに1990年比で40%削減、アメリカは2005年比で26~28%削減という目標を出したが、日本は出せなかった。「エネルギーミックス」論争が迷走して、2030年のエネルギー見通しが立たないからだ。
この最大の原因は「原子力の電源比率を何%にするか」という合意ができていないためだ。今のように原発が1年に1基ずつしか再稼動できない状態では、2030年には原子力は10%にもならない。しかし6月にドイツで開かれるG7サミット(先進国首脳会議)には安倍首相が削減目標を持って行く必要があるので、調整も大詰めを迎えている。
今の日本の化石燃料比率は、原発が動かないため、88%にのぼる。おかげでCO2の排出量は増え続け、2013年度の排出量は約13億9500万トンと、1990年を10.6%も上回った(環境省調べ)。京都議定書で「90年比6%削減」を約束した議長国がこの状態では、サミットで世界から指弾を浴びることは必至である。
2009年に、鳩山元首相は「日本は2020年までにCO2を90年比で25%削減する」と国際公約したが、これは原発停止で不可能になった。鳩山政権では原子力の比率を50%に高めるエネルギー基本計画が決定されたが、民主党政権は震災後に一転して「原発ゼロ」を打ち出し、新たな基本計画を出せないまま今日に至っている。
こうした中で「原発比率20%」とか「ベースロード電源60%」などという数字が出ているが、これは本末転倒である。まずCO2をいくら削減するのかという目的関数を決めないと、条件つき最大化問題は解けない。今のエネルギー論争は、目的が決まっていないのに手段である電源構成を決めようとしているから混乱するのだ。
エネルギーミックスを決める前提は、直接コストと環境汚染のトレードオフである。気候変動のリスクを無視すれば、直接コストが圧倒的に安いのは石炭火力である。埋蔵量も200年以上あり、資源が中東に片寄っていないので安定供給できる。日本の電力会社が相次いで石炭火力の新設を計画しているのは、経営合理的である。
しかしEU並みのきびしい削減目標が決まると、化石燃料のコストは上がる。CO2排出に対する「炭素税」が炭素1トンあたり5000円課されると、石炭のコストはほぼ2倍になり、原子力のほうが有利になる。それ以上(たとえば2万円)になると、再生可能エネルギーも有利になる。このような炭素価格は、CO2の規制を「排出権取引」で規制する場合も考え方は同じだ。
つまりどういうエネルギーの社会的コスト(環境汚染の社会的負担を含むコスト)が安いかは、こうした価格メカニズムで決まるのだ。それを算定する場合も気候変動だけでなく、中国で深刻化している石炭による大気汚染など総合的なリスクを考える必要がある。
総合資源エネルギー調査会では「再エネ30%」という案も出ているようだが、それほど大規模に再エネを開発するには、今の固定価格買取制度では数十兆円の補助金が必要になるので、オークションなど価格メカニズムを導入する必要がある。蓄電技術や省エネ技術も、炭素価格次第で有望になる。
まず議論が必要なのは、日本政府は2100年までの気候変動のリスクをどの程度と評価し、それをどう規制し、炭素価格をどの程度に設定するのかという目標設定である。それが決まらない状態で「原子力はいやだ」とか「再エネはがんばれば増やせる」といった精神論をしても、政策論議としては意味がない。
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