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欧州を襲った地中海「移民船クライシス」

ニューズウィーク日本版 / 2015年5月21日 13時5分

 いま世界で最も人命が失われている海、それは地中海だ。先月19日、ヨーロッパへの移住希望者を乗せた密航船が転覆し、900人以上が死亡・行方不明になった。その数日前にも、同様の転覆事故で400人が海に消えている。

 今年に入って、中東・北アフリカ諸国から地中海を渡ってヨーロッパを目指す途中で命を落とした不法移民は、既に2000人を超す。把握されていない事故も含めれば、実際の死者の数はもっと多いだろう。

 地中海がとりわけ危険な海というわけではない。では、なぜ死者が急増しているのか。さまざまな要因が挙げられている。

 まず、老朽化した船に多くの人を押し込む密航業者の責任を指摘する声がある。業者は、海上で移民たちを放置するケースもあるという。また、移民たちを危険な船旅に駆り立てる中東・北アフリカ諸国の貧困を問題視する声もあるし、問題を傍観してきたヨーロッパ諸国の対応を批判する声もある。

 これらのすべての要因が関係しているのだろう。しかし、中東・北アフリカ諸国が貧しいのは今に始まったことではないし、密航業者は昔から人命を軽視していた。ヨーロッパ諸国が過去に有効な対応を取っていたわけでもない。

 昔と今の違いは、アラブの春以降、中東・北アフリカ諸国の不安定化と無法地帯化が進んだことだ。チュニジア、リビア、エジプト、シリアなどの専制体制は、残忍な抑圧体制ではあったが、一応の安定と秩序を生み出していた。よりよい生活を求めて、何千人もの人が船で出国することなどあり得なかった。

無政府状態が生んだ悲劇

 しかし、革命の多くが失敗に終わり、新体制が内向きになったり、権力の空白が生まれたりした結果、人々が安心して暮らせなくなり、しかも国民が国を脱出することを阻む権力も存在しなくなった。地中海の移民危機は、アラブの春がもたらした最も予想外の結果だったのだ。

 特にひどいのは、リビアだ。40年以上に及んだカダフィの独裁体制が倒れ、今も続く内戦によって統治機構はずたずたになった。多くの地区では、学校が破壊され、電気が止まるなど、基礎的な行政サービスが機能していない。

 沿岸を監視する機関や勢力もない。むしろ、部族指導者や犯罪組織、地域の実力者などの権力者たちは、密航ビジネスで儲けているのが実情だ。

 こうした無政府状態の地域は、いくつかの大きな問題を生んできた。シリアでは、内戦で生じた無政府地帯から、テロ組織ISIS(自称イスラム国、別名ISIL)が出現した。権力の真空状態に乗じて力を付けたISISは、今では中東の広大な地域を支配下に収めている。

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