サウディアラビアの宗派間緊張に火がつくか - 酒井啓子 中東徒然日記
ニューズウィーク日本版 / 2015年6月3日 12時25分
サウディアラビアのシーア派は、そんなにイランとつながっているのか、という疑問に対して、最近のペルシア湾岸諸国研究は、「ノー」と言う。興味深いことに、近年立て続けに、ペルシア湾岸諸国のシーア派や宗派対立についての研究書(英語)が出版されているが、いずれも、イランに直接影響を受けたのはイラン革命(1979年)の直後の数年だけ、と指摘する。90年代はイランとサウディアラビアの関係が改善したり、湾岸諸国で影響力を誇った「シーラージ派」と呼ばれるイラク系シーア派組織が、それまで庇護を受けていたイランやイラクで急速に力を失ったりして、湾岸各国のシーア派社会はむしろ、地元政府とうまくやっていくことに力点を置いてきた。
その融和政策に亀裂が入ったのが、2011年の「アラブの春」だ。目と鼻の先のバハレーンで反王政の抗議運動(その主流はシーア派だ)が興隆したのを見て、サウディ王政のなかに、再度「シーア派=イランの手先=危険」意識が首をもたげる。一方で、シーア派社会でも若者が、旧態依然としたシーア派長老たちの、「王政とうまくやっていくしかない」方針に飽き足らなくなっていた。そこに、「アラブの春」に同調したシーア派若者層のデモが起きた。他のアラブ諸国とは比較にならないほど小規模だったが、官憲と衝突し、激化したデモ隊の間で「サウード王家に死を」といったスローガンまで聞かれた。
その先鋭化したサウディ・シーア派の運動の中心にいたのが、ニムル・アルニムルという宗教指導者である。若者だけでなく広く国内外のシーア派社会の間で、人気を博してきた。
そのニムル師がサウディ政府に逮捕されたのが、2012年7月。そして2014年10月、死刑判決が下された。以来、イランをはじめとしてバハレーン、イラク、イエメンなど周辺のシーア派宗教界は、蜂の巣をつついたような騒ぎだ。曰く、「死刑を実行したらたいへんなことになるぞ」「宗派対立が決定的となって、取り返しがつかないことになる」「サウディ王政はもう終わりだ」、云々。
そうしたなかで、処刑日は5月14日だ、との報道が流れる。各地で抗議のデモが組織され、シーア派宗教界のサウディ批判が強まる。冒頭に挙げたISによるシーア派モスク爆破事件が起きたのは、そんな緊張感の高まる最中だった。
この手口、イラクでかつてアルカーイダが宗派対立を煽ったやり口と、よく似ている。ぎりぎりの緊張状態に火を点け、国内全体を混乱に陥らせる。最小限の「テロ」で、内戦を引き起こす。内戦のあとには、モラルの崩壊した社会と、報復の念に燃えた遺族が多数、残される。ISやアルカーイダが求める「拠点」と「戦士」がふんだんに手に入るのだ。
アメリカの湾岸研究の第一人者、グレゴリー・ゴーズは、今の混乱をイランとサウディアラビアの「新しい中東の冷戦」と呼んだ。この冷戦が、「熱戦」になる日も近いのか。
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