黒田総裁は「平成の高橋是清」になるのか - 池田信夫 エコノMIX異論正論
ニューズウィーク日本版 / 2015年6月18日 19時3分
黒田日銀総裁と、安倍首相の微妙な温度差が目立ってきた。先日は黒田氏が「実質実効レートでこれ以上の円安はない」と発言し、ドルは2円以上も下がった。これは黒田氏も釈明したように実質実効レートは安定しているという事実をのべただけだが、市場が過剰反応した。
この背景には、FRB(米連邦準備制度理事会)が量的緩和をやめ、利上げの方向を明らかにする中で、日銀がいつまで量的緩和を続けるか注目されている状況がある。2月の経済財政諮問会議でも、黒田氏が「バーゼル委員会が国債をリスク資産に算入することを検討している」と言ったとされ、金利が急上昇する騒ぎがあった。
バーゼルの国際決済銀行(BIS)のルールでは、国際業務を行う銀行の自己資本比率は保有するリスク資産の8%以上、国内業務のみの銀行は4%以上と定められている。今はこの自己資本に国債も算入できるが、国債がリスク資産になると、逆に国債をたくさん保有している銀行の自己資本が過少になり、基準を満たさなくなるおそれがある。
黒田氏の看板だった「インフレ目標2%」は失敗に終わり、成長率もゼロで、軌道修正は避けられない。特に日銀の保有する国債の残高は270兆円で、これ以上増やすと国債市場が機能しなくなるばかりか、財政破綻のリスクが大きくなる。
しかし安倍首相には、黒田氏の危機感が伝わっていないようにみえる。首相は6月の諮問会議で、歳出削減しなくても成長すれば毎年0.5%財政赤字が減るという楽観的な見通しを示した。しかし財政赤字は次の図のように戦時中を上回り、平時としては世界史上最大だ。
日本の政府債務残高の名目GDP比の推移(出所:財務省)
高橋是清蔵相が国債を引き受けたときは財政規律はあったが、彼が二・二六事件で暗殺された1936年から、国債発行は爆発的に増えた。国債の残高を増やすのは日銀が無限に引き受ければ可能だが、それを減らすことは容易ではない。戦時国債は戦後、400%以上のハイパーインフレで「解決」され、紙切れ同然になった。
もちろん今そういう物騒な事件が起こるとは思えないが、黒田発言はちょっとしたきっかけで相場が大きく崩れる可能性を示している。誰もが「こんな異常な相場が長く続くはずがない」と思っているときは、思いもよらない「ブラック・スワン」が起こりやすい。
問題は、ここからどうやって着地するかだ。日銀が国債を売り始めたら債券価格が暴落するので、それ以外の形で金利を高め誘導するしかないが、市場がこれに過剰反応すると金利が急騰する。ここから先は、日銀だけではコントロールできない。財政との協力が必要な「総力戦」だ、と京大の翁邦雄教授(元日銀金融研究所長)はいう。
250%の政府債務を抱えたイギリス政府は、結局インフレで債務を踏み倒したが、国際金融市場の発達した現代では、政権が財政を再建する気がないと市場が判断したら、外貨への資本逃避(激しい円安)が始まるだろう。黒田総裁の円安牽制発言の背景に、そういう懸念があるとすれば、状況は深刻だ。
高橋財政は大恐慌から日本を救った「ケインズ政策」として有名だが、それがあまりにもうまく行ったために、軍部は「国債は打ち出の小槌だ」と錯覚し、彼が死んだ後は際限ない放漫財政が始まった。黒田氏の金融政策も今のところ慎重に運営されているが、彼がいるうちに出口への道筋をつけないと、70年前のような悲劇が起こらないとは限らない。
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