量的緩和の功罪
ニューズウィーク日本版 / 2015年6月22日 16時10分
同時に、為替は円安に大きく動いた。これは当然で、大幅金融緩和となれば、その国の通貨は安くなるのである。これが、円建ての日本の株価を押し上げた。円安なら株高、という連想ゲームが日本株には成り立っていたからである。
不動産市場も動いた。インフレが本当に起こるとすれば、それは消費者物価ではなく、資産市場であり、資産市場においてマネーと対峙する実物資産は株式以上に不動産であったから、個人富裕層もデベロッパーも動いた。都心の高級住宅や都心の開発地は急騰した。
実体経済も、本来はあまり関係なかったが、動いた。株価上昇、不動産高騰による資産効果で富裕層の高額消費が動き、さらに円安による輸入高額商品の価格改定への駆け込み需要も起きた。そして、これらによりムードが一変した日本社会は、消費や投資に対しても、これまでの悲観論の反動から、前向きな動きが見られた。
大規模緩和に伴うコストとリスク
こうして、デフレ脱却、というのは、単なる呪文に過ぎなかったのだが、黒田総裁の自信満々の異次元緩和という飛び道具に支えられて、おまじないは効果を発揮したのである。これは日本経済に大きなプラスとなった。日本経済の構造、実体は何も変わっていないのに、ムードが変わっただけで、その分は良くなったのであり、日本社会はムードに影響を受けやすく、経済も同様であることを示したのである。
もちろん、これには大きなコストとリスクがある。それは異常な金融緩和の反動である。金融緩和を止めれば、逆回転が始まるリスクがある。もっと単純に、金融緩和が経済と株式市場に量的にプラスであれば、緩和を縮小あるいは止めれば、その分の効果はなくなるから、現状から見れば、経済は縮小することになる。最大のリスクは、異次元緩和といっても、実際には大規模な量的緩和に過ぎず、量的緩和とは、国債を大量に買うことに過ぎないから、これにより国債市場が破壊されてしまうリスク、あるいは破壊されてしまったことによる将来のリスクシナリオの実現ということなのだが、これは後日議論することにする。
一番の異次元緩和の功罪とは、悲観を脱却したという、デフレマインド脱却ならぬデプレッションマインド脱却という大きな功績をあげた反面、この功績により、日本経済の問題はこれで解決したかのような錯覚に陥ったことだ。萎縮から抜け出したのは大きなプラスだが、これはいままでが悪すぎただけで、その無駄なものを取り払ったに過ぎず、本質は何も変わっていない。さらに、このショック療法は一度しか効かず、効果は一度きりである。したがって、このまま異次元緩和を続ければ、さらに経済が良くなる、というのは錯覚であり、罪深い誤解である。今後は、異次元緩和をどううまく止めるか、リスクシナリオのダメージを最小限にしながら出口へ向かうか、ということであるにも関わらず、デフレを脱却しインフレを起こすことで、さらに経済が良くなるという論理で、異次元緩和を継続し、これまでの政府の経済政策全体を是認し、さらに進めていくこと、つまり、異常な金融緩和と財政再建をしないことにより、景気を過熱させることで、経済が成長するようにみせること、この路線が定着してしまったことである。
異次元緩和からインフレが起きないと論理的に抜け出す理屈が立たないこと、日本経済の真の問題を解決するムードが薄れたこと、これが、異次元緩和による日本経済回復による最大の罪なのである。(小幡績・慶應義塾大学ビジネススクール准教授)
*連載2回目は6月29日掲載の予定です。
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