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なぜバンコク爆発事件でウイグル族強制送還報復説が浮上しているのか

ニューズウィーク日本版 / 2015年8月31日 12時10分

 思うように進まない捜査状況を反映して、これまでにさまざまな犯人説が取り上げられた。国内の反体制派、南部のイスラム独立勢力、国際テロ組織に並んで、ウイグル族関係説も出た。また、実行グループとトルコの極右組織「灰色の狼」がつながっている可能性を指摘する専門家もいた。容疑者拘束後、タイ警察は今のところ国際テロを否定して「私怨」だと主張しているが、タイ現地メディアはタイ政府がウイグル族を中国へ強制送還したことへの報復との見方を伝えている。

 なぜ今回の爆発事件の犯人像のひとつとして、ウイグル族やトルコとの関わりが疑われているのか。

 中国ではここ数年、ウイグル族による暴力事件が相次いでいた。2013年10月、3人のウイグル族が天安門に突っ込んで炎上する事件があり、5人が死亡、38人が負傷。2014年3月には南部雲南省の昆明駅でウイグル族とみられるグループが旅行客らを切りつける事件が発生し、31人が死亡、141人が負傷した。このように中国政府の抑圧的な政策を原因としてウイグル族が起こす暴力事件を、中国メディアはしばしば「テロ事件」と断定する。

 シンガポールのあるテロ専門家は、ウイグル族が中東を目指して不法越境するルートが時と共に変化してきていると指摘する。1990年代初期には中央アジアを通じてアフガンに出るルートが使われていたが、200人近くの死者を出した2009年のウイグル騒乱以降は中国西部の国境警備が厳重になり、中国南東部からミャンマー、タイ、インドネシア、マレーシアなど密入国斡旋ネットワークが確立している東南アジア各国へ出国するルートが使われるようになった。前述の昆明事件以降、雲南省から抜けるルートが阻まれて、広東省や香港・マカオルートが使われるようになってきている。

東南アジアに広がるISISによるテロへの警戒

 これらのウイグル族の中には、さらにトルコ等を経て「イスラム国」(ISIS)に参加する者がいるとの懸念があり、例えば、中国の孟宏偉公安部副部長は今年はじめ、マレーシアのザヒド内務相と会談した際、中国人300人以上がマレーシアを経由してイスラム国に向かったとの見方を示した。タイやマレーシアで移民局によって捉えられた数百人のウイグル族と見られる人々は、トルコパスポートを持っていた。現地のトルコ大使館がパスポートを与えているとの情報すらある。

 多くのトルコ人は言語的、文化的、宗教的な親しみからウイグル族を「兄弟」とみなす。これまでも国内でウイグル族密入国者を厚くもてなしてきた。今年6月18日にラマダン時期に突入して以来、うわさに基づく誤情報も含め、中国の新疆ウイグル自治区で当局が宗教活動を制限しているという話が伝わると、トルコ国内で反中感情が高まった。それまで断続的に続いていた中国大使館前での抗議活動は、タイ政府がウイグル族の強制送還を許したという報道を受け最高潮に達した。激高したデモ参加者はイスタンブールのタイ領事館を襲撃し、窓ガラスを打ち砕いたり、タイ国旗を降ろしたりした。

 イスラム国の興隆を念頭に、東南アジア各国はテロへの警戒を強めていたところだった。例えば、観光に力を入れてきたシンガポールのリー・シェンロン首相は5月のシャングリラ・ダイアローグ(アジア安全保障会議)で、イスラム国が東南アジア諸国の政府権力から離れたところで領土をもつ可能性に言及し、「東南アジアでのどこかで拠点をつくると考えても不思議でない」と述べた。国内でテロが一旦起こると、LCCの発達などの恩恵を受けて増えてきた海外旅行の増加に冷や水を浴びせかねないという懸念がある。

 今回の事件がどのような動機に基づいているのかは捜査の進展を見守るしかない。だが、万が一、海外勢力による組織的なテロだと判明すれば、その影響は観光業にとどまらず、国際関係にも及ぶ可能性がある。

舛友雄大(シンガポール国立大学アジア・グローバリゼーション研究所研究員)


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