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バラエティ番組も禁止の「軍事パレード」仰天舞台裏

ニューズウィーク日本版 / 2015年9月3日 11時56分

 さらに閲兵式のムード盛り上げにも力を入れている。中国お得意の検閲により閲兵式に批判的な文章はネットから削除され、メディアにはネガティブな報道を禁止する通達が出された。また抗日戦争に関するドラマや映画、ドキュメンタリー番組がテレビにはあふれかえったほか、9月1日から5日にかけてはバラエティ番組の放送が禁止された。困るのは北京市の住民だけと素知らぬ顔を決め込んでいた他地域の人々も、バラエティ禁止令には閉口している。

「中国の夢」、一党独裁体制維持の新たな正統性

 さて、ここまで閲兵式にまつわるトンデモ・エピソードを紹介してきた。なにも中国をバカにする小ネタを紹介することが目的ではない。今回の閲兵式が異例の巨大イベントであることを示すためだ。北京五輪以上の、空前の厳戒態勢がしかれている。これほどまでの人的・物的資源を投入する狙いはなんだろうか。中国の閲兵式は従来、10月1日の国慶節(建国記念日)に開催されてきた。抗日戦争勝利記念日の開催は今回が初だが、「反日」という小さな目的のためでないことは明らかだ。

 閲兵式の目的、それは習近平総書記のスローガンでもある「中国の夢」、すなわち大国としての中国のアピールだろう。閲兵式関係の報道、プロパガンダを読み解くと、中国が戦勝国の一員であることが強く打ち出されている。キーワードは「東方戦場」。日中戦争は全世界規模の反ファシズム戦争における一つの戦場であったというメッセージであり、米国とともに戦い勝利した中国は戦勝国として現在の世界を主導する資格を持っているとの主張だ。

 この主張は世界に向けてのメッセージであると同時に、中国共産党の一党独裁体制にあらたな正統性を与えるものでもある。なぜ中国共産党は中国を支配する権利を持つのか。それは「中国から侵略者を追い出し」、「人民を豊かにした」ため。これが従来の正統性の神話だった。新たに「中国を大国にした」との神話を付け加えること、これこそが究極的な閲兵式の目的だ。

 2012年秋に誕生した習近平体制は正統性の回復を大きな目的としてきた。反汚職運動による規律引き締め、人権派弁護士や活動家などのオピニオンリーダーの弾圧強化、さらにはアイドルやアニメを駆使した若者世代を狙ったカジュアルなプロパガンダなど、一連の政策の先に閲兵式は存在する。

 もっとも正統性作りの代価は決して安いものではない。閲兵式は狙いとは異なるメッセージをも世界に送ってしまっているからだ。国家イベントのために市民生活に犠牲を強いることもいとわない、中国共産党の全体主義的性格は上述のとおり。

 また株価急落は祝祭ムードに水を差すと危惧して、巨額の株価維持対策が行われているが、閲兵式前最後の取引日となった9月2日は介入によって大手金融株は値上がりしたものの、上海総合指数全体で見れば前日比0.2%安となった。万能の独裁者に見えた中国共産党にも限界はあったことを示したばかりか、その判断能力が合理性を欠いたものではないかとの疑念まで世界に振りまいてしまった。

[執筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。


高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)


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