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女性エベレスト隊隊長に学ぶ、究極の準備(前編)

ニューズウィーク日本版 / 2015年10月2日 14時49分

 そのとおりだが、ひとこと付け加えたい。意志は山頂到達を後押しするだろうが、無事に下山するには技術と体力もあったほうがいい。皆忘れがちだが、山頂はあくまでも折り返し点だ。高峰での死亡事故の大部分は山頂にたどり着いた後に起きる。山頂に到着するためにエネルギーを使い果たし、下山するためのエネルギーが残っていないのだ。エベレストの頂上稜線を下るというのは苦難の連続だ――片側は三〇〇〇メートル、もう片側は二四〇〇メートルの断崖絶壁になっている。悪名高いヒラリー・ステップ(標高八七六〇メートル地点にある垂直に近い岩と氷でできた一二メートルの突起)を下り、八〇〇〇メートルのサウス・コルまで下山しなければならないので、それだけの酸素と体力を残しておいたほうがいい。さもないと死が待ち受けている。

 現実は非情で、エベレスト登頂に絶対成功してみせると固く決意している人が、山頂で遭遇する現実への備えができていないせいで命を落とすケースも多い。実際、登頂したいと思うばかりで準備が伴わなければ、山で致命的な事態につながりがちだ。登頂には田部井の言うとおり強靱な意志が必要だが、それだけで十分ということはめったにない。究極の環境においては、適切な訓練と準備が成功率を大幅に引き上げる。

 準備不足のせいで遠征が残念な結果に終わるのを、私はこれまでたびたび目にしてきた。山で、ビジネスで、あるいは人生で、大きく手ごわい難題に挑もうとする場合、成功するかもしれないし失敗するかもしれないというのは承知の上だ。それでも、失敗して、もっと準備しておきさえすれば違う結果になっていただろうに、などと後悔するはめにはなりたくないはず。周囲の状況が原因で諦めた場合も気落ちはするけれど、周囲の状況は自分ではどうしようもないから、自分自身や自分の能力についてくよくよ後悔したりはしない。けれども、自分の力不足で目標達成を諦めた場合は、自分を責めて厳しく問い詰める。《もっと時間をかけて訓練できたはずでは? もっとハードな訓練ができたのでは? もっといい訓練方法があったのでは? 一生懸命さが足りなかった? それとも集中力が足りなかった?》

 こうした問いに答えられるのはあなただけだ。自分とチームが成功するために人事は尽くした、という気分で登山に臨みたい。いったん山に入ったら、何もかもがあなたの邪魔をする。寒さ、風、高度、体力の低下、精神的な壁、予備のトイレットペーパーをくすねるチームメイト――何もかもが、だ。コンディションが万全でないというのは言い訳にならない。万全のコンディションで臨むのがあなた自身の責任であり、それ以上にチームに対する責任でもある。リーダーたるもの、前もって戦闘態勢を整えておくべきだ。リーダーは人並み以上に期待されるもの。心身共に期待を上まわる成果を示さなければならない。

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