朝日新聞の思い出話はドキュメンタリーたり得るか
ニューズウィーク日本版 / 2015年10月11日 8時38分
たとえば「昭和天皇には一度だけ間近でお会いした」との記述があったので身を乗り出したところ、「正確を期せば、二メートルと離れないところで、小一時間ほど拝した」と続くので、「それ、"会った"じゃなくて"見た"ってことじゃないかなぁ?」と、読みながらズッコケてしまった。
「夜回り」をしていたとき、ソニー盛田社長(当時)夫人から追い立てられたエピソードが披露されているが、そこで著者が盛田夫人にかけることばの非常識さたるや、いま問題視されることの多い「ゆとり社員」のそれと大差ない。まぁ、若かったということなのだろう。
1991年8月から9月にかけて朝鮮民主主義人民共和国訪問日本記者団の一員として北朝鮮に行ったそうだが、その時点で横田めぐみさんらの拉致事件を「まったく知らなかった」と書いてしまう大胆さにも驚かされる(私の記憶が間違っていなければ、日本政府は1991年の時点で北朝鮮政府に対して拉致問題を提言している)。
つまり簡単にいえば、ツッコミどころ満載なのだ。だから「新聞業界四方山話」的なエッセイ集としては充分に楽しめるだろう。文体も軽妙で、ユーモアも散りばめられていることだし。
しかし問題は、これがドキュメンタリーと銘打たれている点である。
「元朝日新聞記者によるドキュメンタリー」と聞けば、読者が純粋に期待するのは記者ならではの鋭い視点であるはずだ。私もそうだったし、時代性を鑑みれば原発事故関連、吉田調書問題などについての考え方はぜひ聞きたいところである。しかし著者が10年前に社を去ったのであれば当然ではあるが、それらに触れられることは一切ない。慰安婦問題についてはページが割かれているが、それも1992年に『月刊Asahi』で自身が体験したことだけだ。
つまり、ここに書かれているのは個人的な思い出話なのだ。見たこと、聞いたことを「こんなことがありました」と書き連ねているにすぎず、しかも自分の視野に入ることしか書いていないから、「意思」が響いてくるようなことが少ない。先輩部員が痴漢容疑で逮捕されたという話を「~らしい」「あり得ることだと思った」というような曖昧な表現で書かれても、こちらとしては、「ああ、そうですか」としかいえない。
何の専門も持たない記者ゆえの感慨かもしれないが、朝日新聞での三十六年余の生活は、まさに「友がみなわれよりえらく見ゆる」日々だった。(中略)本書は、そんな不肖が「これだけは専門だ」と唯一言える、自分の身の回りであったことのささやかな報告だ。(332~333ページ「あとがき」より)
上記に明らかなとおり、これはドキュメンタリーというより「きわめて個人的な回想集」である。そういう意味でタイトルに偽りはないのかもしれないが、これが第14回新潮ドキュメント賞を獲ったという理由が私にはわからない。
そしてなぜだか、読み終えたあとには、なんともいえない寂しさが残るのだ。
<*下の画像をクリックするとAmazonのサイトに繋がります>
『ブンヤ暮らし三十六年
――回想の朝日新聞』
永栄潔 著
草思社
印南敦史(書評家、ライター)
-
- 1
- 2
この記事に関連するニュース
-
拉致から47年、政府は「命がけで動いて」 88歳になった母の叫び めぐみへの手紙 横田早紀江
産経ニュース / 2024年11月15日 5時0分
-
朝日新聞ポッドキャストで新番組「ニュースの学校」配信開始
PR TIMES / 2024年11月12日 12時40分
-
『「鷹の爪」の吉田くんが聞く! 経済ニュースと時事用語がめちゃくちゃわかる本』発売
PR TIMES / 2024年11月7日 15時45分
-
「ずっとわからないままのあのニュース」を超わかりやすく解説!『「鷹の爪」の吉田くんが聞く!経済ニュースと時事用語がめちゃくちゃわかる本』
PR TIMES / 2024年11月7日 12時40分
-
元少年隊・錦織一清もジャニー喜多川を批判…それなのにNHK会長“欲望”優先の浅はかさ(元木昌彦/「週刊現代」「フライデー」元編集長)
日刊ゲンダイDIGITAL / 2024年10月27日 9時26分
ランキング
-
1中国ハッキング疑惑、米国史上最悪と上院情報委員長
ロイター / 2024年11月25日 12時1分
-
2焦点:ロシアの中距離弾道弾、西側に「ウクライナから手を引け」と警告か
ロイター / 2024年11月25日 14時14分
-
3トランプ氏の復権は「悲しみ」とメルケル氏…「好奇心旺盛だが、それは自分を強くするため」
読売新聞 / 2024年11月25日 9時20分
-
4《トランプ圧勝の大統領選からアメリカがみえる!》「なぜ火曜日に投票?」「どうして選挙人という存在が生まれた?」から「ハリスに待ち受ける屈辱」までジャーナリストが解説
NEWSポストセブン / 2024年11月25日 11時15分
-
5北朝鮮が年内に軍事偵察衛星を再び打ち上げる「可能性が高い」と分析 韓国政府高官が明らかに
TBS NEWS DIG Powered by JNN / 2024年11月25日 13時52分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください