現実味を帯びてきた、大統領選「ヒラリー対トランプ」の最悪シナリオ - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 / 2015年10月15日 16時0分

 共和党に2カ月遅れて、民主党もようやく今週13日に「第1回の大統領候補テレビ討論」を開催しました。参加者は、ヒラリー・クリントン候補に加えて、バーモント州選出の上院議員で「自称社会民主主義者」のバーニー・サンダース候補、そして知事や上院議員経験者ら3人の総勢5人でした。

 共和党が8月からスタートして既に2回のテレビ討論を実施しているのに、民主党が「出遅れた」のは、おそらく2つの理由があると思われます。

 1つには、依然として大本命であるヒラリー・クリントンに関して、国務長官在職中に「自宅に設置した個人のメールサーバ」で国家機密に類するメールの送受信を行っていたという「スキャンダル」の問題があります。この問題への批判が一巡して「ほとぼりが冷める」タイミングを待つ必要があったという解釈が可能です。

 2つ目には、ヒラリーのスキャンダルの「痛手」が予想外に深まった場合、バイデン副大統領を「本格候補」として担ぎ出そうという動きです。副大統領本人は5月に長男が死去したことの精神的なダメージもあって出馬に消極的だったのですが、民主党の全国委員会(DNC)としては、何とか説得しようとしていたようで、その結果を待っていたことが考えられます。

 最終的にバイデン副大統領は「決断」ができず、今回の討論には不参加となりました。では、そのテレビ討論の結果はどうだったのでしょうか?

 一言で言えば「想定の範囲内」であり、新しい見解や、意外な展開はありませんでした。

 まず、ヒラリーの支持率低下に伴って、反対に支持が上昇していたサンダースですが、依然として「自分は社会民主主義者」だという立場を変えませんでした。ウォール街の金融機関への規制強化、製薬業界への締め付け、最低賃金のアップ、公立大学の無料化などを主張し、北欧型の福祉国家が理想と宣言するにいたっては、中道票へのアピールをする気はなく、あくまで党内左派と若者に向けたパフォーマンスとしか言いようのない弁論を繰り広げていました。

 また、世論にとって一番の関心事である「ヒラリーのメール疑惑」に関しては、ヒラリー本人が「共和党の告発は党利党略」と突っぱねただけでなく、ライバルのはずのサンダースまでが「共和党の攻撃には飽き飽きした」と言い切って、ヒラリーを援護射撃する始末でした。これには中道的な立場で司会をしていた、CNNのアンダーソン・クーパーも苦笑するしかなかったという感じです。

 前回2008年の予備選では、ヒラリー対オバマの激しい戦いがありましたが、その際には、例えば医療保険制度改革に関して、政府の負担がより大きいヒラリー案がいいのか、より現実的なオバマ案がいいのかといった、具体的で意味のある論争があったわけです。

 ですが、今回の討論は「あくまでリベラル、つまり民主党支持者の中でのみ通用する、基本的には左派ポピュリズムとして耳触りの良い」スローガンが飛び交うだけで、内容的には空疎であったと思います。

 TPPには国内雇用の点から反対というのが基調でしたし、サンダースを中心に「政府の盗聴を告発したスノーデンを評価」するような流れもあり、その是非はともかく、若年層への受けを狙いつつ、経済や軍事外交に関する「頭の痛い直近の課題」からは逃避するような姿勢が目立ちました。

 討論を「勝ち負け」で見るのであれば、ヒラリーの弁舌は冴えまくって、明らかに他の候補を圧倒していたと思います。

 一夜明けた反応としては、大手メディアは一斉に「ヒラリー完勝」という評価。その一方で、今回のテレビ討論を共催した Facebook 利用者のアンケートでは、75%がサンダースが「勝った」と回答するなど、世代間の断裂が浮き彫りになっています。そのいずれも、私には想定内でした。

 一方で、同時期に行われた共和党の各候補に関する世論調査では、サウスカロライナ州とネバダ州で、依然としてトランプ候補が支持率36%~38%とリードを広げており、カーソン医師が2位でその約半分、「本命視」されていたジェブ・ブッシュ、マルコ・ルビオの両候補は10%にも届かないという低迷が続いています。

 こうなると、一つの悪いシナリオが現実味を帯びてくるのを感じます。

 それは、このまま共和党は時間切れでトランプが統一候補として逃げ切る、一方の民主党ではヒラリーが完全復活して無風で候補に選出、本選では中間層がトランプを忌避してヒラリーが圧勝......そんなシナリオです。

 私は「統治能力」としてヒラリーとそのブレーンに関しては一定の評価はしていますが、仮にこのような「楽勝シナリオ」で大統領になるようなことがあれば、それは決して良いことではないように思います。大統領選というのは、「実現可能な幅の中での真剣な政策論争」によって次期大統領を鍛える、そして世論には新政権による変革への期待と準備をさせるという機能があるはずだからです。

 ヒラリー対トランプというような「内容のない」選挙戦が現実のものとなり、まともな政策論争が成立しないようですと、アメリカ政治の活力自体が弱まる、そんな可能性もあるように思います。

 そう考えると、「ヒラリーがスキャンダルに沈んだ時の代替本格候補」ではなく、「ヒラリーとの真剣な政策論争の相手」としてバイデン副大統領の参戦が民主党には必要だろうし、共和党においてはあらためてブッシュ、ルビオの2人の猛然とした奮起を期待したい、そう思うのです。

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