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虐待の定義を変えるサウジ家政婦の現実

ニューズウィーク日本版 / 2015年11月10日 16時0分

 衝撃的なニュースだった。サウジアラビアで家政婦として働いていたインド人女性が10月、雇用主から手を切り落とされる事件が起こった。首都リヤドの病院に横たわるカストゥリ・ムリナシラムは、テレビの前でこう訴えた──雇い主に辞めたいと願い出たが聞き入れてもらえず閉じ込められた。サリーをロープ代わりに窓から逃げようとしたところ右手を切断され、3階から転落した。

 サウジアラビアで家政婦が残酷な虐待を受ける事件は、これが初めてではない。2010年にはスリランカ人家政婦が雇い主から体にくぎを打たれたり、インドネシア人の家政婦が雇い主に顔をハサミで切り付けられたうえアイロンを押し当てられたりした。昨年は、フィリピン人家政婦が雇い主の母親から熱湯をかけられ重傷を負っている。

 これらはあくまで被害者が生き延びたケースだ。虐待死したり、逃れる途中で亡くなったり、思い悩んで自殺した者も数多い。

 サウジアラビアだけではない。湾岸諸国ではこの手の話をよく耳にする。アラブ首長国連邦(UAE)ではパレスチナ人の夫婦がエチオピア人家政婦を殺害し、化学薬品を使って顔や指紋を焼く事件もあった。

 だが家政婦への虐待と搾取は、気付かれず葬り去られるケースがあまりに多い。私は湾岸諸国で働く多くの女性に聞き取り調査を行い、深刻な実態を耳にした。雇い主にパスポートを取り上げられた、給料を差し押さえられた、休憩も休日も与えられず1日21時間働かされる、家から出してもらえない、食事も寝る場所も与えられない、精神的、肉体的、性的虐待を受ける......と彼女たちは口々に訴えた。時には強制労働や人身売買と言えそうなケースもある。

労働法の保護から外れる

 こうした虐待や搾取は、雇い主が家政婦に過度な支配力を及ぼせる現状のシステムによって助長されている側面もある。保護も監視もなく住み込みで働く彼らは、虐待にさらされやすい。

 湾岸諸国はカファラと呼ばれる労働契約システムを維持している。出稼ぎ労働者は雇い主の同意なしには仕事を変えることができず、雇い主の元を去れば逃亡と見なされ逮捕や国外追放される。サウジアラビアやカタールでは、雇い主の許可なしに国外に出ることさえ許されない。

 これらの国では明らかに、家政婦を労働法の対象から除外している。サウジアラビアは13年に、家政婦にある程度の保護を保障する条例を制定。今では1日少なくとも9時間の休憩と週休1日、勤続2年以上で有給休暇が認められるようになった。だがこうした保護は、他の職種に比べると依然として脆弱だ。

 家政婦が虐待を訴えても、雇い主が起訴されたり有罪判決を受けたりすることはまれだ。人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウォッチの調査では、サウジ当局は警察の取り調べや裁判中に、家政婦が通訳や弁護士を確保できる体制を整えていない。

 そのうえ当局は、裁判が決着するまで彼らの労働を禁じている。解決には数年かかることもある。雇い主が難癖をつけて逆提訴する場合もあり、そうなると大抵、家政婦は訴えを取り下げる羽目に追い込まれる。

 出稼ぎ労働者の悲惨な状況を変えるには、カファラのシステムを変革する必要がある。同時に、外国人労働者を道具のように扱う雇い主の意識も変える必要があるだろう。

[2015.11.10号掲載]
ロスナ・ベグム(人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ研究者)

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