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歴史の中の多様な「性」(4)

ニューズウィーク日本版 / 2015年12月3日 15時42分

 このことは、国際学会などでは「日本の特異現象」として注目されているが、日本ではなぜかマスメディアが報道せず(なにか都合の悪いことがあるのだろうか?)ほとんど知られていない。とても重要なことだと思うので、私も「いったいなぜだろう」と、いろいろ考えてみた。

 生得的な体質、さらに突き詰めれば遺伝子的に日本人の女性がFtMになりやすいということはなさそうなので、その原因は社会的なものと考えられる。

 その結果、FtMの増加分はレズビアンからの流入を想定するのが、いちばん蓋然性が高いという結論に至った。自分の性的指向が典型的でないことに気づいた女性が、本来ならアイデンティファイすべきレズビアンではなく、性同一性障害(FtM)として自己認識してしまう社会状況が日本には存在するということだ。

 その背景には日本社会におけるレズビアンの隠蔽と認識の不足がある。さらにそこに「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(二〇〇四年施行)が誘導的に作用している。同性婚が認められていない日本では、生得的な女性が女性と法的に婚姻するには、手術によって性器の形を変え、戸籍を男性に変更するしかないからだ。

 多くの女性が、本来必ずしも必要でない手術(乳房切除、子宮・卵巣除去)を受ける方向に誘導されているとしたら、それは大問題であり、改善されなければならない。そのためには、レズビアンの顕在化と社会的認識の向上が不可欠だと思う。

 実は、二〇一七年に予定されているWHO(世界保健機関)の疾患リスト(ICD)の改訂によって「性同一性障害」(Gender Identity Disorder)という病名は国際的には消え、新設される「conditions related to sexual health(性の健康に関連する状態)」の章に「gender incongruence(性別不一致)」という病名が置かれ、性別移行に関係する疾患が精神疾患カテゴリーから外れる(性別移行の脱精神疾患化)ことがかなり有力になっている。これが実現すれば、トランスジェンダーは、長い年月、精神疾患の名のもとに抑圧されてきた状態から、ようやく解放されることになる。

 日本は、そうした世界の潮流をしっかり受け止めなければならない時期に来ている。具体的には同性カップルの公認(法的保障)と性別変更要件の見直し(手術要件の撤廃など)が今後の課題になると思う。それが実現した時、日本のFtMの比率が、どう変化するかとても興味深い。

※第5回:歴史の中の多様な「性」(5) はこちら

[執筆者]
三橋順子(性社会・文化史研究者)
1955年生まれ。専門はジェンダー/セクシュアリティの歴史。中央大学文学部講師、お茶の水女子大学講師などを歴任。現在、明治大学、都留文科大学、東京経済大学、関東学院大学、群馬大学医学部、早稲田大学理工学院などの非常勤講師を務める。著書に『女装と日本人』(講談社)、編著に『性欲の研究 東京のエロ地理編』(平凡社)など。

※当記事は「アステイオン83」からの転載記事です。





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『アステイオン83』
 特集「マルティプル・ジャパン――多様化する『日本』」
 公益財団法人サントリー文化財団
 アステイオン編集委員会 編
 CCCメディアハウス


三橋順子(性社会・文化史研究者)※アステイオン83より転載


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