こんまりの魔法に見る「生と死」
ニューズウィーク日本版 / 2016年2月1日 15時1分
続編はもっとかわいらしい感じで、「こんまりメソッド」の具体的な片づけ方をいろいろ紹介している。役立つことばかりで、特に衣類の畳み方が素晴らしい。私はこの畳み方を尊敬し、真剣にまねしている。
でも、心がときめかないという理由でドライバーを捨ててしまい、ネジ回し代わりにお気に入りの定規を使って壊してしまったという悲しい話まで読まされると、いくら片づけのカリスマだからといって、こういう極端な人に付いていくのは難しいと思ってしまう。
厳しく物を捨てる近藤のやり方はまるで「物に対する拒食症」という病気のようだ(もちろん「物をため込む」という病気も深刻だと思うが)。自分が手に入れた物を容赦なく捨てる行為は、それを欲しいと思っていたときの自分を否定する行為ではないだろうか。
近藤のある顧客は、日本で流行している「朝活」にはまり、出勤前に多くのセミナーに参加して、講師が配る資料を大事に保管していた。しかし、それでは部屋がオフィスのようになってしまうと近藤は批判する。将来読み直すことはないのに自分をだましているのだという。
「いつか」は絶対こない
「セミナーの内容が身についていない......(略)学んだ内容を実行しなければ、はっきりいって意味がありません」と近藤は言う。うーん、鋭いかも。
将来のためにとってある物だけでなく、過去もスリム化する必要がある。「『老後の楽しみに写真を残しておきます』といって、未整理のままの大量の写真を段ボールのままとっておく人がいます。断言しますが、そのいつかはけっしてやってきません」。写真、日記、手紙も処分しなくてはならない。「大切なのは、過去の思い出ではありません。その過去の経験を経て存在している、今の私たち自身が一番大事」だからだ。
私もそう考えていた時代がある。でも間違っていた。長く生きていると大切な記憶も薄れる。それを復活させてくれる写真や手紙は本当に貴重な物だと今は思う。近藤はそうは思わないようだ。孤独な過去を思い出すのが嫌なのだろうか。
学んだことは身に付かず、役にも立たない。いつか読もうと思った本は結局読まない。写真や手紙は、あなたの死後に片づけをする人にとっては残骸にすぎない。その厳しい現実を認めて、全部捨ててしまえ......。
どんな部屋が理想かという質問に、近藤の顧客の1人は「ホテルみたいなスッキリとしたお部屋で」アロマをたいて、ハーブティーを飲み、クラシック音楽を聴きたいと答えたとか。それって、まるで広告の中のモデルみたい。永遠の美しさはあるけど、それだけ。
自分の過去も未来も手放そうとする女性。それはまるで永遠の別れの準備をしている末期患者のようだ。近藤は、人前ではいつも白い服を着ているとか。「清潔さ」を強調する意図だろうが、アジアには死人に白い布を掛ける習慣もある。
がらくたには近藤の見ようとしない意味がある。いつか使うためにとっておくのは、使う日まで自分は生きるという意思表示。古い写真や本をとっておくのは、見たり読んだりする時間がまだまだあると信じたいから。記念品の存在は、それを記憶する人が生きている証しだ。
そんなの嘘、かもしれない。でも、生きていくには必要な嘘だ。そう、がらくたの山にこそ生の歓びはある。
[2016.1.26号掲載]
ローラ・ミラー(コラムニスト)
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