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「塾歴社会」の問題は、勉強内容がやさしすぎること - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 / 2016年3月8日 18時20分

 例えばアップルは、自動運転車に加えて、腕時計を「医療デバイス」にして突然死を防止したり、新薬の治験データを効率的に収集したりというビジネスを考えていますが、こうした動きを通じて、さらに劇的に進むであろう「医療ビジネス」を担う教育が、これではまったくできていないということになります。

 受験科目に入っていなくても、内申書などで「しっかりやっている」ことへのチェックが入るのならいいのですが、日本の受験制度はそうなっていません。結果的に、国全体として「能力の高い学生の数%が医療生化学を専攻したい」と考えても、その候補になる高校生に「3科目を真面目に勉強させる制度」はないのです。

 一部の医学部では、この点に気づいて「理科の3教科義務付け」を進めていましたが、センター試験が2教科縛りになったために、現在では九州大学以外は断念しているようです。

【参考記事】「世間知らず」の日本の教師に進路指導ができるのか

 問題の2点目は、数学の内容が不十分だということです。特に世界のビジネス社会で、非常に活用が進んでいる統計学について高校生までに基礎を学ぶ機会がないこと、微分方程式や多変数微積分などが扱われていないことは問題だと思います。また、金融や経済を専攻する学生が、入学試験で「数学がない」場合があったり、例えあっても「数学3」が除外されたりしているのも問題だと思います。

 この問題は、「難しい」と言われている中学受験でもそうです。中学受験では「方程式は使用禁止」ということになっています。小学校の教育課程に入っていないからというのが理由で、その代わり「つるかめ算」などで「全部が亀だったら足が何本か足りないから、その足りない数から一部が鶴だということを導く」などという、まるで大正時代かなにかの「よい子の算術」みたいなバカバカしいことをやらせているわけです。

 小学校4年生から高い金をかけて、深夜まで危険を冒して子供を塾に遠距離通学させておきながら、その中で重要な科目である数学において(そもそも小学校までは算数で、中学からは数学などと名称を変えるのが、小学生をバカにしていると思います)、方程式の使用を禁止しているのですから、その「遅れ」の総量は国家的損失だとすら言えるでしょう。

 中高までの教育では、最先端の知識に触れさせていないとか、思考力の訓練、議論の訓練、社会の現場経験などができていないなどの問題は、もちろんあります。英語教育の効果の問題ももちろんあります。ですが、それ以前の問題として、数学と理科の教育内容がやさしすぎるのは大問題だと思います。

 理系は理科3教科必須、数学は統計学と微分方程式、多変数微積分まで含めるべきです。経済社会系の学生も同じく統計学と「数3」を必須にすべきです。小学生であっても、熱心に塾で勉強するのなら、文字式や方程式を解禁したらいいのです。塾歴社会の最大の問題は、カネと労力を吸い取られながら、やっている内容がやさしすぎることです。日本の競争力低下の元凶の一つと言ってもいいでしょう。

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