怒りのデス・ロードに本物の怒りが集中
ニューズウィーク日本版 / 2016年4月1日 18時10分
アフリカ南西部ナミビアの沿岸に横たわるナミブ砂漠。荒涼とした風景は、文明社会滅亡後の近未来を描いた映画『マッドマックス 怒りのデス・ロード』の舞台にぴったりだ。
オーストラリアの製作チームが満を持して世に出したシリーズ最新作は今年6部門のオスカーに輝いた。当初ロケ地に予定されていた国内の砂漠が異常気象による大雨で緑野に姿を変えたため、急きょアフリカに飛んで撮影を敢行したというハプニングも話題になった。
すさまじいアクションの連続に映画ファンが興奮する一方で、ロケ地では住民らの怒りが噴き出している。ナミブ砂漠は一見すると死の世界のようだが、ここには脆弱な生態系がある。大挙して乗り込んできた撮影クルーが砂漠でけなげに生きる小さな爬虫類や希少なサボテンにダメージを与えたというのだ。
アクションシーンが撮影されたのは大西洋に面した都市スワコプムント近くの国立公園だ。ツアーガイドのトミー・コラードが撮影後、公園内の砂丘地帯に荒らされた痕跡があると告発。地元メディアがこの問題を大きく取り上げた。
何らかの影響があったことは否めない。キャストとスタッフは総勢800人。おまけにクレージーな改造車両が砂漠でカーチェイスを繰り広げた。
【参考記事】ナミビアでの軍港建設で狙う中国の大西洋覇権
政府はもみ消しに躍起
ナミブ砂漠の最も乾燥した一帯は年間せいぜい10ミリ程度しか雨が降らない。生き物たちは大西洋から流れてくる霧で水分を得ている。
乾き切った砂地に付いたわだちは何十年も消えないだろうと、コラードはAFPに語った。「もっと悪いことに、彼らはネットを引きずって自分たちの付けた痕跡を消そうとした。そのときに植物を根こそぎにしてしまった可能性がある」
13年に流出した第三者機関の報告書も、環境に与えたダメージは無視できないと結論付けている。それによれば、問題は環境問題の専門家や住民の意見を十分に聞かずに、撮影が許可されたこと。許可が下りたのはナミビアで環境保護の新法が発効する前で、発効後なら許可されなかったと、執筆者の1人ヨー・ヘンシェルは指摘する。
政府系のナミビア映画委員会はこうした批判に猛反発。地元紙に全面広告まで出して、撮影は「問題なし」だとアピールした。地元メディアがナミビアの評判を「汚す」ために環境破壊疑惑を「捏造」したというのだ。
【参考記事】環境破壊に突き進むオーストラリア
「経験を積んだチームが細心の注意を払って撮影を行い、撤収前に原状に戻した」と、ナミビア環境省のシメオン・ネグンボ事務次官はAFPに断言した。
ナミビア政府がもみ消しに躍起になったのも無理はない。ナミビアは12年にナミブ砂漠をユネスコの世界遺産に推薦。審査結果を待っていた13年に騒ぎが持ち上がったからだ。
結局、ナミブ砂漠は「ナミブ砂海」として世界遺産リストに登録された。
推薦書類によると、ナミブ砂海には「壮大な砂丘がそびえ、その鋭角的なシルエットが風と時間の流れに伴って絶えず変貌する、息をのむほど美しいパノラマ」が広がるという。
撮影クルーが残したとされる痕跡も「風と時間の流れ」が消し去るといいのだが......。
[2016.4. 5号掲載]
エリン・コンウェイスミス
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