イラク・ファッルージャ奪回の背景にあるもの - 酒井啓子 中東徒然日記
ニューズウィーク日本版 / 2016年5月27日 19時30分
その内容は、彼なりの「派閥脱却人事」だった。当然、主要派閥はいっせいに総スカンの態度をとる。たとえば、あるクルド人を閣僚登用したところ、クルディスタン地方政府を仕切るクルディスタン民主党が、反発。いわく、「クルド人を起用するのはいいけど、うちらを通してもらわないとね」。
アバーディの問題は、ここで「派閥をぶっこわす」と言い切れるほど、リーダーシップを発揮できないことだった。大御所たちににらまれて、つっぱれるほど周りに知恵者もいない。結局4月半ばには大派閥の意向を組んだ、派閥割振りの人事に妥協せざるを得なくなった。
と、その途端にアバーディの足元を見た各派が、独自の行動に出る。アバーディに引きずりおろされたと怨み骨髄のマーリキー前首相派や、アバーディの「派閥脱却」路線を利用して発言力の拡大を図るサドル潮流。紛糾する議会の議論は、ペットボトルの投げ合いから取っ組み合いに発展、さらにはアバーディと彼の右腕のジュブーリ国会議長に反発する議員が、議会内で座り込みを始めた。サドル潮流が4月末に、支持者を率いて議会内になだれ込んだのは、「改革を阻み派閥政治に拘泥する座り込み議員に鉄槌を下す!」との名目だったのである。
この混乱に手をつけられないアバーディが取ったのが、「国民と国際社会の目をISに向ける」という逃げ道だった。みんなの敵ISをやっつけてファッルージャを解放した、という手柄を喧伝して、弱い首相のイメージを払拭しようとした。
しかし、払拭できたといえる状況では、到底ない。ファッルージャ攻撃自体が、新たな対立の火種を抱えている。それが、さらなる宗派対立ムードの蔓延だ。
その根幹にあるのが、ファッルージャ作戦を始めとしてIS対策に登用されている「人民動員機構」がシーア派義勇兵を中心に組織されている、という認識であり、さらにはその背景にはイランの革命防衛隊などシーア派の武装組織がある、との認識である。
【参考記事】ISIS処刑部隊「ビートルズ」最後の1人、特定される
それは、イラク国内のスンナ派の間でというより、湾岸諸国やヨルダンなど、スンナ派のアラブ諸国の間で、強い。イラク国営放送や政府高官は「人民動員機構はシーア派民兵だけじゃない、スンナ派の、現地の部族集団も参加して中心になって戦っている」と、主張するのだが、アルジャジーラ衛星放送は「ファッルージャ攻撃に際してシーア派兵士たちが宗派蔑視的なスローガンを声高に叫んでいた」とか、「革命防衛隊やヒズブッラーなど、露骨なシーア派勢力が攻撃を先導していた」などと、作戦の宗派偏向性を批判する報道を繰り返している。
メディアだけではない。ツイッターなどのSNSでも、ファッルージャ作戦について、宗派意識をあからさまにした意見が交わされている。「ファッルージャの人々は人民動員機構に街を解放してもらって、歓迎しているはずだ」とシーア派支持派がツイートする一方で、「政府軍の攻撃によって、スンナ派の家族へのジェノサイドが進行中だ」とスンナ派支持者がつぶやく。「裏切りと陰謀のファッルージャ」に報復するのだと、シーア派がツイートしたかと思えば、作戦を「ミナレットの街とまで言われた信仰熱心なファッルージャの街」が、「憎むべきサファヴィー朝(=イラン)による襲撃」を受けた、とスンナ派が嘆く。
政権をどう立て直すかも手の施しようがないが、自制もなく宗派意識をむき出しに他宗派を罵る、宗派意識の深化はさらに深刻だ。ISがいなくなったとしても、その残した遺恨は、図りなく大きい。
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