自由主義的な世界秩序の終焉

ニューズウィーク日本版 / 2016年7月1日 16時0分

<アメリカでのドナルド・トランプ人気、欧州の極右政党の台頭、あげくにイギリスのEU離脱──一時は世界を席巻しそうな活気を誇った民主主義が危うくなり始めている。最大の理由は、自由な社会にはデマゴーグに乗っ取られやすい弱点があるからだ>

 今は昔――といっても1990年代のことだが、多くの優秀で真面目な人々が、これからは自由主義的な政治秩序の時代で、必然的にそれが世界の隅々に浸透するものと信じていた。アメリカとそアメリカと同盟を組む民主主義国はファシズムと共産主義を打倒し、人類を「歴史の終点」まで連れてきたはずだった。

「共同主権」の壮大な実験場だったEU(欧州連合)では、事実ほとんど戦争がなくなった。多くのヨーロッパ人は、民主主義と単一市場、法の支配、国境の開放という独自の価値観を掲げたEU文民の「シビリアン・パワー」が、アメリカ流の粗野な「ハード・パワー」と同等かそれに優る成果を上げたと信じていた。

 その頃アメリカは、「民主的統治圏」の拡大や独裁者の一掃、民主的な平和の地盤を固めることによって、善意で恒久的な世界秩序を導こうとしていた。

危機を招く「行き過ぎた民主主義」

 だが、90年代に盛り上がった自由主義的な秩序に対する楽観論は、その後悲観論に取って替わられた。米ニューヨーク・タイムズ紙のコラムニスト、ロジャー・コーエンは、「分裂を煽る勢力が拡大」しており、「戦後世界の基盤が揺らいでいる」と指摘した。一方、今年4月に公表された世界経済フォーラムの白書は、自由主義の世界秩序は今、独裁政権や原理主義者の挑戦を受けていると警告。政治ブログの草分け、アンドリュー・サリバンはニューヨーク・マガジン誌で「民主的になり過ぎた」ためにアメリカが危機にさらされている可能性があると書いた。

 懸念は理解できる。ロシアや中国、インド、トルコ、エジプトなどはおろかアメリカでさえ、強権主義の復活や国民の不満を一掃してくれそうな「強い指導者」待望の動きが見てとれる。米フーバー研究所の上級研究員、ラリー・ダイアモンドによれば、2000~2015年の間に世界の27カ国で民主主義が崩壊した。一方で「既存の独裁政権の多くはますます閉鎖的になり、国民の声に耳を貸さなくなっている」と言う。

【参考記事】中国はアメリカと同じ位「ならず者」

 今やイギリスがEUからの離脱を決め、ポーランドやハンガリー、イスラエルなどの国では自由主義とは真逆の方向へ舵を切っている。そしてアメリカでは、こともあろうに大統領候補の一人が、自由主義的な社会に欠かせない寛容の精神を公然と否定し、人種差別的な発言や根拠のない陰謀説を繰り返し、裁判官まで侮辱する始末。自由主義の理想を信じる者にとっては不幸な時代というほかない。

【参考記事】ポーランドの「プーチン化」に怯えるEU



 私自身の主義を問われれば、国際政治経済学者のロバート・ギルピンと同じ「現実的な自由主義者」になるだろう。私は自由な社会の美徳を評価し、そこに生きられることに感謝し、もし自由な仕組みや価値観がより広範に受容されれば、世界はより良い場所になると考えている。だが、現実はそうはならなかった。なぜそうならなかったのか、その理由が重要だ。

 第一の問題は、自由主義を擁護する側がその利点を誇張しすぎたことだ。我々は次のように言われてきた。もし独裁者が次々に失脚し、より多くの国家が民主選挙を実施し、言論の自由を守り、法による支配を実行し、競争市場を導入し、EUやNATO(北大西洋条約機構)に加盟すれば、広大な「平和地帯」が生まれ、繁栄の輪が広がって、政治的な対立は自由主義的な秩序の枠組みの中で容易に解決に向かうだろうと。

自由主義で損をした人々の反乱

 だが現実にはそうは行かなかった。自由主義の社会で不利益を蒙る人々も出てきたのだ。ある程度の反動は避けられなかった。自由主義世界のエリートたちは、統一通貨ユーロの導入やイラクへの侵攻、アフガニスタン再建、2008年の世界金融危機など、数々の致命的失敗を犯してきた。そうした過ちは、戦後の世界秩序の正当性を傷つけ、自由を好まない勢力の台頭を許し、社会の特定の層に属する人々を排外主義に追いやる結果を招いた。

 自由主義的な世界秩序を広げる動きは、それによって権力を失うなど直接の脅威にさらされる指導者や組織の反発を招いた。例えば、イランとシリアがアメリカのイラク戦争を妨害したのは驚くにあたらない。イラクの独裁政権が倒れれば、次はイランとシリアの独裁政権の番がくるからだ。中国やロシアの指導者が「自由主義」の価値観を広げようとする欧米の動きを脅威と感じ、あらゆる手を使って妨害しようとするのも当然のなりゆきだ。

 自由主義の擁護者たちはまた、民主主義という制度を作るだけでは自由な社会は実現できないことを忘れていた。民主主義の基礎を成す価値観、とりわけ「寛容」に対する強い信念が必要になることを見落とした。イラクやアフガニスタンの例で明らかなように、単に憲法を制定し、政党を結成し、「自由で公正な」選挙を実施するだけでは真の自由主義的な秩序は生まれない。社会を構成する個々人や集団も自由主義の規範を受け入れて初めて実現する。それは一夜にして生まれるものではないし、外から強制して出来るものでもない。



 冷戦後の自由主義者は、民族、部族、宗派などへの帰属意識や愛国主義が果たす役割を過小評価していた。古いものへの執着はだんだんに死に絶えて、政治色のない文化に変容するか、よくできた民主的な仕組みのなかで飼いならされるだろうと考えていた。

 だが現実には、自由主義者のいう「自由」より、国を愛する気持ちや歴史的な反目、国境や伝統を重んじる人々のほうが多かった。もしEU離脱の是非を問うイギリスの国民投票に教訓があるとすれば、それは、有権者のなかには、純粋な経済合理性よりそうした感情に動かされやすい人々が存在するということだ。

ポピュリスト政治家の思う壺

 我々は自由主義的価値観が世界的に認められたと思いがちだが、別の価値観が勝つ場合もある。伝統的な秩序との摩擦がとくに大きいのは、社会的な変化が急激で予測不可能なときと、かつては同一性の高かった社会が短期間のうちに異質な人々を受け入れなければならなくなったときだ。

 自由主義者がいくら寛容の重要性や多文化主義の効用を叫んでも、一つの国で様々な文化が共存するのは簡単なことではない。文化的緊張が高まれば、それこそポピュリスト政治家の思う壺だ(「アメリカを再び偉大な国に!」)。郷愁の力は昔ほどではなくなったが、今でも十分恐るべき力を発揮する。

 だが自由主義が困難に陥っている最大の理由は、自由な社会の自由は、それを逆手に取る悪意の人物に乗っ取られやすいことだ。米共和党の大統領候補指名がほぼ確実なドナルド・トランプがこの1年間に繰り返し証明しているように(他にもフランスの極右政治家マリーヌ・ルペン、同じくオランダのヘルト・ウィルダース、トルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領など挙げればきりがないが)、うわべだけの自由を売り物にする政治指導者や政治運動は、開かれた社会の裏をかいて支持者を増やすことができる。そして民主主義のなかには、そうした試みを確実に挫くしくみはない。

【参考記事】民主主義をかなぐり捨てたトルコ



 私は内心、思う。欧米にアメリカ政府の欧州への関与を必死でつなぎ止めようとする人が非常に多いのはこのためではないか。強硬なロシアが怖いというより、ヨーロッパ自身を恐れているのではないか。自由主義者の願いは、平和で寛容で民主的なヨーロッパがEUの枠に収まっていてくれることだ。最終的には、旧ソ連のジョージア(グルジアから呼称を変更)やウクライナもヨーロッパの民主主義圏に引き込みたいと夢見ている。

 同時に彼らはヨーロッパに今の状況を収拾できるとは思っておらず、アメリカという安定剤がなくなればすべてが瓦解すると思っている。ヨーロッパ版の自由な社会は繊細過ぎて、永遠にアメリカから乳離れできないと。

 彼らが正しいのかもしれない。だがアメリカの資源は無限ではないし、永遠に裕福な国々の防衛を支援することなどあり得ない。だとすれば、ヨーロッパにかろうじて残った自由な秩序を守り続けるには世界のどこか別の場所を犠牲にしなければならない。自由主義者にその用意はあるのだろうか。

From Foreign Policy Magazine


スティーブン・ウォルト(ハーバード大学ケネディ行政大学院教授=国際関係論)

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