戦没者遺族に「手を出した」トランプは、アメリカ政治の崩壊を招く
ニューズウィーク日本版 / 2016年8月2日 21時21分
だがその一方で、アメリカ政治の規範内に留まることには心を砕いた。「シーハン夫人には同情する......彼女には、自身の信念を発言するあらゆる権利がある。それがアメリカだ。彼女には自身の見解をもつ権利がある」
大統領や大統領候補というものは通常、一般市民を批判しないものだ。一般市民には自分の意見を言う権利がある、というより意見を言う権利しかない。それに対して権力側がムキになって反論するのは何ともみっともない。
ジェーン・フォンダは批判していい
例外はある。1972年に女優のジェーン・フォンダが北ベトナムを訪問し、アメリカの戦闘機に狙いを定める対空火器によじ登るという悪名高い行動に出た時に、リチャード・ニクソンは非難した。しかし彼女は一般人ではなく、高く評価される女優だった。そもそも彼女がハノイの共産主義政府から招待されたのも、彼女が有名人で、実にアメリカ的な一族の出身で宣伝効果があったからにほかならない。
その代わり、富豪や実力者に対する攻撃はためらわない。たとえばセオドア・ルーズベルトは、スタンダード・オイルの取締役会を「アメリカ最大の犯罪集団」と呼んだし、バラク・オバマはコーク兄弟や大統領選出馬前の富豪としてのドナルド・トランプを非難してきた。
ジャーナリストも批判する。1994年にはビル・クリントンが、保守派キャスターのラッシュ・リンボーについて、「1日3時間、言いたい放題」で、大統領の自分よりも大きな拡声器を手にしていると批判した。
また、1950年にハリー・トルーマンがワシントン・ポスト紙の評論家ポール・ヒュームを非難する手紙を書いたのは有名だ。トルーマンの娘のピアノ演奏を酷評したヒュームに宛てた手紙の中で、トルーマンは次のように書いている。「いつかあなたとお会いしたい。そのときには、あなたは新しい鼻が必要になるだろう。おそらく股間サポーターもだ!」
一般市民の言うことには耳を傾ける一方で、富豪や権力者やジャーナリストとは正面切って論争する。それがアメリカ大統領、あるいは大統領候補に常に期待されてきた姿だ。
だが、トランプが一般市民、それも戦没者遺族にイスラム教という無関係のアングルから反論しようと決め、侮辱したことで、この出来事は途方もなく大きな問題になってしまった。ドナルド・トランプがもし大統領になったら、これまでの大統領像も変わるだろう。
マシュー・クーパー
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