「お母さんがねたので死にます」と自殺した子の母と闘った教師たち
ニューズウィーク日本版 / 2016年8月9日 16時26分
ちなみにこれは、このときに限ったことではない。「死んでやる」と叫ぶのはさおりの常套手段であり、実の母親も「死にませんから」と語っている。つまり、「そういう人」なのだ。しかし問題はそんな光景を日常的に見せつけられていた子どもたちである。弟は気にしていないそぶりだったというが(真意はわからない)、裕太くんには、それがつらかったということだ。
さて、ことの顛末である。裕太くんのため真摯に対応していたにもかかわらず、虚言によって真実を覆され、私生活までめちゃくちゃにされた校長は、生徒の親たちの協力を得ながら裁判に勝つことになる。その過程においては、先に触れた「お母さんがねたので死にます」という遺書についての疑問が明らかになった。
さおりによれば、遺書にはこう書いてあった。〈お母さんがねたので死にます〉 ところが、遺書の文字の読み方を巡って大きな謎が浮上する。 裕太君の自殺直後の12月8日に開かれたバレー部保護者会の記者会見で、保護者たちは重大な指摘をしたのである。「ねた」という字が「やだ」と読めるのではないかと疑問を呈したのだ。「ね」か「や」かは微妙だが、次の「た」にははっきりと濁点が確認できる。「やだので」という言い方自体は一般的とは言えない。しかし、この佐久地方では、「やだかった」「やだから」といった言い方を多用する。事実、裕太君自身が綴ったと思われるメモには、「やだかった」という言葉が何回も登場していた。(245~246ページより)
だからといって、これだけですべてを断定するわけにはいかないだろう。しかし、ここに至るまでのプロセスを目にすると、「ひょっとして......」と思いたくなるのも事実だ。
奇しくも先ごろ、全国の児童相談所が2015年度に対応した児童虐待が初めて10万件を超えたという報道があった。暴言や脅しなどの「心理的虐待」が、特に増えたという。それはつまり、裕太くんと似たような境遇の子が増えたということではないだろうか? そう考えると、この問題は決してこの一冊のなかで完結するものではないと思わざるをえないのである。
『モンスターマザー
――長野・丸子実業「いじめ自殺事件」教師たちの闘い』
福田ますみ 著
新潮社
[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に、「ライフハッカー[日本版]」「Suzie」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、多方面で活躍中。2月26日に新刊『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)を上梓。
印南敦史(作家、書評家)
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