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トルコのクーデータ未遂事件後、「シリア内戦」の潮目が変わった

ニューズウィーク日本版 / 2016年8月25日 17時30分

 二つの「テロとの戦い」の擦り合わせの兆しは他にもある。ロシアは、ジュネーブでの和平協議へのPYDの参加に固執してきた従来の姿勢を軟化させるかのように、2月にモスクワに開設されていたはずのロジャヴァの代表部は存在しないと発表した。また、シリア政府は「愛国的反体制派」と呼んでいたPYDを、トルコに倣ってPKKと名指しし、その行為を厳しく指弾するようになった。



 対するトルコは、国境地帯におけるイスラーム国最後の拠点であるジャラーブルス市をYPGに先んじて掌握すべく、完全武装した「反体制派」戦闘員1,200人を同地に派遣した。20日にトルコ南部のガジアンテップ市でイスラーム国によると思われる爆弾テロ事件が発生すると、トルコはジャラーブルス市一帯を越境砲撃し、地上部隊を進攻させ、「反体制派」による同市制圧を後押しした。「フーフラテスの盾」と名づけられたこの作戦は、イスラーム国の掃討を目的としていたが、トルコ軍が重点的に攻撃したのは、マンビジュ市とジャラーブルス市を結ぶYPGの進路だった。

 なお、ジャラーブルス市を攻略した「反体制派」は「シャーム軍団」、「スルターン・ムラード師団」、「ヌールッディーン・ザンキー運動」など、アレッポ市での攻防戦でアル=カーイダ系組織と共闘する組織ではある。だが、トルコは「反体制派」によるアレッポ市東部の解囲前後から、アル=カーイダ系組織への支援を控えるようになっているとされ、また移行プロセスにおいてアサド政権の役割を認めるといった政府首脳の発言も顕著になっている。

恣意的に解釈される「テロとの戦い」に翻弄されるシリアの市井の人々

 むろん、これらの予兆は、単なる善意の表明に過ぎず、各当事者の対応には根本的な変化は生じていないかもしれない。だが、少なくとも、一連の動きの変化のなかで再認識し得るのは、「シリア内戦」の主人公であるはずのシリアの主要な政治・軍事主体、そして言うまでもなく市井のシリアの人々が、諸外国の利害のもとで恣意的に解釈される「民主化」や「テロとの戦い」に翻弄されるようになって久しいという事実だ。

 「シリア内戦」における「民主化」や「テロとの戦い」という大義は、欧米諸国や日本も含めたすべての当事者にとって実態のないプロパガンダに過ぎず、そうしたプロパガンダのもとで自己正当化されるだけの正義や道徳をもってしては、シリアの現状は到底理解できないのである。


[筆者]
青山弘之
東京外国語大学教授。1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院修了。1995〜97年、99〜2001年までシリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所(IFPO、旧IFEAD)に所属。JETROアジア経済研究所研究員(1997〜2008年)を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。編著書に『混迷するシリア:歴史と政治構造から読み解く』(岩波書店、2012年)、『「アラブの心臓」に何が起きているのか:現代中東の実像』(岩波書店、2014年)などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」を運営。青山弘之ホームページ

青山弘之(東京外国語大学教授)


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