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変貌する国際都市ダブリンを行く

ニューズウィーク日本版 / 2016年9月12日 15時0分

最後の夜はギネスで乾杯

 ここを教えたくれたのは、フランス料理のブロガー兼グルメツアー・ガイドのケティ・エリザベス。彼女は「ケルトの虎」時代にダブリンに移り住んだ。当時の「食事情はひどかった」という。「ファストフードと、値段が高くてお決まりのメニューの高級料理店ばかり。今は新鮮な地元産の食べ物を手頃な値段で出す店が多い」



 以前のケイペル・ストリートは性風俗の街だったが、今では高級料理の中心地に変わりつつある。エリザベスに案内してもらったカメリーノは、ブラザー・ハバードと目と鼻の先にあるケーキとパンの店。イタリア系カナダ人のカリーナ・カメリーノが14年末にオープンした。

「最初は焼いたケーキを週末のマーケットで売っていた」と、カメリーノはカウンター越しに言った。店のケーキとパンはすべて裏の工房で焼いている。

 グルメブームは、観光産業の急激な変化の副産物だ。30年前は観光客の7割がイギリス人がだったが、今は3割に減った。

 かつてアメリカ人観光客の4分の3は友人や親戚を訪ねる人々だったが、今はアイルランドにルーツを持たないアメリカ人が大半を占める。つまり郊外の親戚の家ではなく、ダブリン市内に4万8000軒あるホテルのどこかに宿泊する人々だ。

 ダブリンの観光名所が集中するリフィー川の南に戻り、かつて製革業と毛織物業の中心地だったリバティーズ地区へ向かった。目的はジャック・ティーリングに会うことだ。

【参考記事】イラン「開国」で訪れるべきはここ!

 ダブリンの復活は本物だと確信したティーリングは昨年、市内では125年ぶりとなる新規のウイスキー蒸留所をオープンした。このティーリング・ウイスキー社は、蒸留所であると同時に観光スポットでもある。

 ティーリングによると、開業1年目の見学客は4万人。施設内にはレストランと試飲室に加え、ウイスキーと自社ブランドのTシャツ、エプロン、ママレードを販売するショップもある。

「今のダブリンの象徴になるような事業を始めたかったんだ。おしゃれでハイテクな国際都市のね」と、ティーリングは言う。

 カーニーが『スイング・ストリート』で描いた時代から、ダブリンは劇的な変化を遂げた。その様子を自分の目で確かめることは素晴らしい経験だ。

 それでもダブリン最後の夜は、エンジャー・ストリートのスワンで伝統のギネスビールを味わうことにした。ここは市内で最も古いビクトリア朝風パプの1つ。1杯のギネスは、古いダブリンもまだまだ捨てたものではないことを教えてくれる。

[2016.9. 6号掲載]
グレアム・ボイントン


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