最後のテレビ討論の勝敗は? そしてその先のアメリカは?
ニューズウィーク日本版 / 2016年10月20日 15時0分
問題はヒラリーの発言で、2つ重要な踏み込みをしている。一つは、これは前々回の討論からも、そしてマニフェストでも一貫して主張していることだが、イラク問題でクルド系との協調ということを強調しているということだ。これは、過去15年のアメリカの軍事外交方針の延長にあるものだが、強く押し出しすぎると、トルコとの対立になる。その一方で、クルド系というスンニ派の勢力を支援することで、イラクとシリアを安定化させるのは、話として筋は通っている。ヒラリーがこの点について、どこまで本気なのか非常に気になるところだ。
もう一つはシリア上空における「飛行禁止区域の設定」という問題だ。現在の情勢では、この設定を実効あるものにするには、アサド政権軍のレーダーなど地上施設の破壊が必要だし、禁止措置を徹底する中で、それが守られない場合は自動的に空中での戦闘に発展する危険性もある。あくまでブラフなのか、それとも「一戦交える覚悟」なのか、注意して見守る必要があるだろう。
核拡散の問題も話題になったが、トランプは依然として、「日本、韓国、サウジ」が自主武装に移行する中で核兵器保有を容認するという主張を繰り返していたし、そこにドイツも加えていた。日米安保条約の再交渉も示唆しており、ここまで一貫して言い続けると、仮に当選した場合には「本当に何かを仕掛けてくる」こともあり得る。いくら議会が歯止めになるにしても、日本としてはあらためて警戒が必要だろう。
【参考記事】なぜビル・クリントンは優れた為政者と評価されているのか
その他、経済問題では相変わらずトランプは富裕層減税によるトリクルダウン経済で成長を、という立場。これに対してヒラリーは「ITなどのニューエコノミー」重視の立場は「テレビ討論では触れず」にいたが、最低賃金アップなどの左派ポピュリスト的な表現で、ミドルクラスの再建による経済成長を、という主張。自由貿易に関しては、トランプは相変わらず反対し、ヒラリーは是々非々という主張だった。
仮に一部の声として「トランプ優勢」という声があるにしても、軍事外交に関しては、以上のようなやり取りであって、決して優勢でも何でもない。トランプの発言が余りにバカバカしいので、ヒラリーはいちいち反論しないまま時間切れになり、そうした印象を与えただけだ。これに加えて「投票結果に疑義も」という発言は、厳しい批判を受ける可能性があり、トランプとして劣勢挽回には失敗したという評価が直後から出ている。討論の勝敗に関するCNNの簡易世論調査でも、52%がヒラリー勝利、トランプ勝利は39%と差がついた。
ということは、そろそろ「ヒラリー政権に備える」ために、日本としては彼女の政策に関して詳しく知っておくことが必要になる。とりわけイラクとシリアへの対応に関して、オバマ政権のような「優柔不断」な態度ではないということなら、では具体的にヒラリーのアメリカはどう動くのか、国際社会として真剣に注視する必要が出てきた。
冷泉彰彦(在米ジャーナリスト)
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