ハラール論争で見えた中国人の「イスラム嫌い」
ニューズウィーク日本版 / 2016年11月11日 10時30分
<イスラム教徒向け食品「ハラール」の不正表示対策を求める声が、中国のネット上で激しいヘイトスピーチに火を付けた>(写真:「清真(ハラール)」の食品を販売する陝西省西安の店)
ここ半年ほど、中国のソーシャルメディアで過激な反応を引き起こしている問題がある。
それは、中国人のイスラム教徒がハラールフード(イスラム教の戒律にのっとって処理された食品)の偽装表示対策を求めていることだ。中国版ツイッター「微博(ウェイボー)」には、こうした要求をテロと同一視し、要求を聞き入れれば国内のイスラム教徒の過激化を招くと決め付ける声が渦巻いている。
偽ハラール・フードへの法規制を求める運動を主導するのは、少数民族の回族の人々だ。中国最大のイスラム教徒グループで、人口は1000万人を超す。イスラム教徒は「ハラール認証」の表示を頼りに食品を買うが、悪徳業者による偽装表示が絶えず、不信感は募る一方。そこで、回族たちは不正表示対策の導入を求めているのだ。
【参考記事】なぜ中国は香港独立派「宣誓無効」議員の誘いに乗ったか
まっとうな主張に思えるが、これが大衆の不安に火を付けた。「シャリーア(イスラム法)の浸食」に対する怯えと反発が拡大している欧米と同様に中国でも、イスラムの価値観や生活習慣がじわじわと社会に広がりつつあるという恐怖心が根を張り始めているのだ。
「イスラム恐怖症」は学者の間にも見て取れる。偽ハラールフード対策の法整備を求める主張は「民族対立を生み出し、国の安全を破壊し、政治的権利と利益をさらに奪取しようとするもの」だと、元中国社会科学院のマルクス思想研究家である習五一(シー・ウーイー)は言い切る。
テロへの恐怖が背景に
このような主張がまかり通る背景には、この2年ほどの間に、一部の中国人がイスラム教徒を脅威と見なすようになったという事情がある。
西部の新疆ウイグル自治区では、ウイグル人(主にトルコ系のイスラム教徒)の多くが中国の支配に激しく反発している。そして、中国政府はこの地域の暴動やテロ、さらにはほかの地域にも飛び火しているテロをイスラム過激派の犯行と非難してきた。加えて、テロ組織ISIS(自称イスラム国)の台頭も、中国の人々の心理に恐怖を植え付けている。
ネット上で急増するヘイトスピーチにより、多くの中国人イスラム教徒が疎外感を味わっている。
私はこの夏、中国を訪れ、回族の若者たちに話を聞いた。彼らは習のような学者の書き込みにも傷ついたが、それにも増してショックを受けたのは、習の反イスラム的な書き込みに対して一般ユーザーが寄せるコメントの数と内容だったという。微博での習のフォロワーは約3万7000人。コメントは1000近くに達し、中身も悪意に満ちている。
なかには「(回族は)中東に帰れ」と書く人や、イスラム教は「ゴミ同然」だから「ボイコット」せよと書く人もいた(このコメントは現在削除されている)。私と話した回族の大学生たちの多くは、つらくてインターネットを見られなくなったと言う。
【参考記事】歴史的改革の農業戸籍廃止で、中国「残酷物語」は終わるか
ハラールフードをめぐる論争は、中国におけるイスラム教徒の権利を取り巻く問題を象徴している。今後、中国でもイスラム教徒の権利主張が強まることは避けられない。
そのなかで求められるのは、ヘイトスピーチまがいの罵詈雑言ではなく、もっとバランスの取れた議論だ。それは中国のイスラム教徒だけでなく、隣人である多数派の漢民族が幸せに生きるためにも欠かせない。
From Foreign Policy Magazine
[2016.11.15号掲載]
マシュー・S・エリー(オックスフォード大学准教授)
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