共和党が議会を握っても、オバマケアは廃止できない? - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
ニューズウィーク日本版 / 2017年1月5日 15時30分
1つ目は、トランプ氏と議会共和党の思惑が違うことです。
まず、議会共和党の多くは、どうしてオバマケア廃止にエネルギーを傾けているのかというと、それは「税金を投入した福祉政策」、つまり彼らが骨の髄から憎んでいる「大きな政府論」だからです。また、自身の健康という「究極の自己決定権」に属する部分で「保険に加入しないと罰則」があるというオバマケアは、権力の乱用だという主張も含みます。
ところがトランプ氏の「反対論」は、これとは全く異なるものです。オバマケアの特徴は、福祉政策の改善コストについて全額を税金で賄うことはしないで、薄く広く負担を分散したところにあります。この点において、2008年に予備選でバトルを繰り広げたヒラリー・クリントン氏の案とは「財政に優しい」点で差別化されているのです。
その結果として、新制度になる以前から医療保険に入っていた人々は、まさに「薄く広く」負担を強いられることとなりました。具体的には、診療時の自己負担額のアップです。具体的なアップ額は契約によりますが、家庭医以外の専門医に診てもらうと一律で一回の自己負担が30ドルアップとか、救急病院を利用すると一回最低でも80ドルとか、実際に自分や家族が「自己負担額アップ」を経験すると、ハッキリした不快感を感じてしまうわけです。
【参考記事】トランプとうり二つの反中派が米経済を担う
トランプは、この点を突いた選挙戦を行ったばかりか、その「もっと良い医療保険を導入する」という主張を取り下げてはいません。今週に入ってからも「バカバカしいほどの自己負担額アップで、保険の意味がなくなった」とか「アリゾナ州では保険料が116%アップとか話にならない」などの批判ツイートを連続で流しています。
こうした主張には有権者は喝采を送っていますし、また「公約実現への期待」もあります。ですが、よく考えればトランプの主張を実現するには追加のカネが必要になります。ということは「小さな政府論」から反対している共和党議員団のイデオロギーとはズレがあるのです。
2つ目の問題は、本当にオバマケアが廃止できるのかという点です。仮に、2010年に成立した新制度を全部「ちゃぶ台返し」して、それ以前の制度に戻せば、確かに国費負担はなくなりますし、診療時の自己負担額の増額も元に戻せるかもしれません。
ですが、いくら「憎い政策を廃止」すると言っても、「深刻な疾病を抱えた人は保険加入から排除する」とか「自営業や無職の人は無保険に戻す」といった不利益変更は人命に関わります。法廷闘争に持ち込まれたら、莫大なカネがかかる可能性があります。また、オバマケアによって新たな医療サービスが拡大し、潤っている業界、例えば電子カルテの関連産業などは「廃止」になれば困るわけで、何らかの補償が必要になるかもしれません。
ということは、現実的には廃止は難しいのです。トランプ氏は、その辺りを見越して「オバマケアの責任はあくまで民主党にある」のであって、このまま「批判だけを続けて2年後の中間選挙で民主党に大ダメージを負わせよう」という戦術を匂わせています。つまり、本当に廃止してしまって、不利益変更を被った人の反発心が共和党に向かうような事態は、選挙での逆風を招くので得策ではないというわけです。
そんなわけで、大統領と議会を押さえても、共和党として「オバマケア廃止」は難しいというのが現実なのです。そして、この問題は「小さな政府論」の議会共和党と、「実は大きな政府論でもある」トランプ政権の間の相違という、2017年以降のアメリカ政治が抱える本質的な矛盾を象徴していくことになるかもしれません。
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