アパホテル書籍で言及された「通州事件」の歴史事実
ニューズウィーク日本版 / 2017年1月20日 15時49分
通州事件が起きた後には、日本軍の一部で通州事件を中国へのカウンタープロパガンダとして利用できないかという意見が出ました。この意見が採用されたのか、具体的にどのような手法が取られたのかを明示する史料は現時点では見つかっていませんが、当時の日本の新聞がある時点で急に「暴虐」「鬼畜」といったおどろおどろしい表現を使い出したこと、立ち入りが禁止されていた地域でおそらく軍が撮影したと思われる写真を掲載したことなどを考えると、宣伝工作の一環として通州事件が大々的に報道された蓋然性は高いと考えています。
通州事件というと、「首を切り落とした」「目玉をえぐり取られた」「鼻に針金を通した」など日本人がきわめて残虐な手法で殺害されていたとされます。実はこれらの情報は当時の新聞に依拠するもので、東京裁判で元日本兵が、戦後に事件の生存者も、それぞれその新聞報道と同じ内容の証言をしています。確かに当時の現地日本軍の史料にも酷い殺害があったことは記されていますが、首が切り落とされたとか、目玉がえぐられたとかいった記述は、私が見た限りありません。そのため、そのような残虐な殺害が本当にあったのか、あったとしたらどの程度のものだったのか、改めて検証する必要があると考えています。また、通州事件の現場を撮ったという写真も、怪しいものが大半です。
――「歴史戦」という言葉があります。南京大虐殺や慰安婦問題、あるいは尖閣諸島や南シナ海問題を見ても歴史問題が外交の重要な一部となりつつある、そして日本は後手を踏んでいるのではないかという認識を持つ人は多いのではないでしょうか。
そうした次元の話にはあまり深入りするつもりはありません。歴史研究者としては一次史料に基づいた実証研究に取り組み、対象とする出来事がどのような意義があるのかを分析するだけです。
他の国では歴史が国家のために動員されているというケースもあるでしょう。しかし、それはその国の事情に依るところが大きいのではないでしょうか。それを日本が無条件にお付き合いして、過敏に反応する必要はありません。もちろん、これとは別に日本の戦争責任を認める姿勢は必要です。他国のプロパガンダを真似るのではなく、一次史料にとことん当たるという歴史研究の王道を究めることが最終的には日本にとって利益になると考えています。
*2017年2月10日、広中一成さんが出演するイベント「反日プロパガンダ、歴史戦、あるいは──日中戦争開戦80周年 いまこそ通州事件と南京事件を問い直す」が開催されます。詳細はゲンロンカフェまで。
[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)
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