日本が低迷する「報道の自由度ランキング」への違和感
ニューズウィーク日本版 / 2017年2月22日 12時9分
もちろん、民主党政権で体感自由が高まった理由はそれだけではない。民主党は記者会見のオープン化を公約化していたので、一部官庁での会見には記者クラブ加盟社に所属しないフリージャーナリストの出席も可能になった。民主党政権下で記者クラブが自由化されたわけではないが、専門家が自由化への期待を抱いたことも確かだろう。ただし、記者クラブ体制が大きく変化したわけではない。それは記者クラブを軸に「政・官・業」と報道の癒着を告発する牧野洋『官報複合体』(講談社・二〇一二年)が、民主党政権末期に刊行されていることでも明らかである。また、二〇一二年一二月の自民党政権復帰によって記者会見のオープン化がすべて撤回されたわけでもないのである。
自主規制と自己検閲
一方、「国境なき記者団」は日本の「報道の自由度」下落の要因として、特定秘密保護法などの影響で日本の報道が自己検閲状況に陥っていることを挙げている。しかし、「自己検閲」をいうのであれば、それは近年に始まったわけでも、また安倍政権で急に強化されたわけでもない。そもそも特定秘密保護法にしてからが、その法案を準備したのは民主党の菅内閣である。二〇一〇年九月の尖閣諸島付近での中国漁船衝突事件の映像流出に対処する法整備が直接の動機だった。「自己検閲」状況が進んだとしても、それは特定秘密保護法制定よりも先に述べた内閣支持率政治の影響の方が大きいと見るべきだろう。
結局、「報道の自由度」を左右した専門家アンケートの回答も論理的な判断というより、ときどきの政治感情、いわゆる「空気」に左右されたものと言えよう。誰が専門家として選ばれているのかは開示されていないが、日本の場合、「報道の自由」への期待値が極めて高いジャーナリストが選ばれた可能性が高い。戦前の日本なら新聞紙法(一九四九年廃案)も出版法(一九四九年廃案)も映画法(一九四五年廃案)、無線電信法(一九五〇年廃案)などメディア統制法が数多く存在したが、今日では報道を直接規制する法律は存在しない。もちろん放送法はあるものの、それは「公正中立」の理念を謳ったもので規制を目的とした法律ではない。その限りでは先に引用した「天声人語」のいう通り、総務相が放送法を根拠に電波停止をちらつかせることは非常識である。
このように「報道の自由」が法的に規制されていない日本においては、専門家の自由への期待値は最大化されている。その高い期待水準で現状を評価すれば、その満足度が低く出ても仕方がない。期待値と満足度が逆相関になることは容易に想像がつくはずだ。
【参考記事】ジャニーズと戦後日本のメディア・家族(前編)
佐藤卓己(Takumi Sato)
京都大学大学院教育学研究科教授
1960年生まれ。京都大学大学院文学研究科西洋史学専攻博士課程満期退学。京都大学博士(文学)。東京大学新聞研究所助手、同志社大学助教授、国際日本文化研究センター助教授を経て現職。著書に『「キング」の時代』(岩波書店、サントリー学芸賞)、『言論統制』(中央公論新社、吉田茂賞)など。
※当記事は「アステイオン85」からの転載記事です。
『アステイオン85』
特集「科学論の挑戦」
公益財団法人サントリー文化財団
アステイオン編集委員会 編
CCCメディアハウス
佐藤卓己(京都大学大学院教育学研究科教授)※アステイオン85より転載
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