ボブ・ディランの「黒歴史」に新たな光を
ニューズウィーク日本版 / 2017年11月7日 16時50分
それでもライブの途中で帰ってしまうファンもいた。大きな理由はディランが3部作以前の曲、なかでもヒット曲を演奏しなかったからだ。だが80年の後半に入ってディランは幾分妥協するようになり、過去の名曲も披露し始めた。『トラブル』で聴ける「北国の少女」は新鮮味にあふれている。
この頃のディランは、ライブごとに歌詞やアレンジを変えて常に曲を生まれ変わらせようとしていた。その証拠にボックスセットには、「スロー・トレイン」の6つの異なるバージョンが収録されている。
「理解不能」と認めること
ディランがキリスト教徒的使命に駆り立てられた時期は、彼が最も創造的だった時期の1つでもあった。『トラブル』収録曲のうち14曲は未発表のもの。「エイント・ノー・マン・ライチャス、ノー・ナット・ワン」のような曲をなぜ発表しなかったのかと不思議だが、深みのあるこの曲をスタジオで再現するのは不可能だったのかもしれない。
ディランとは、理解し難い存在だ――私たちはそう認めるべきだったのだろう。「追憶のハイウェイ61」「天国への扉」など、それまでの曲にも宗教的な要素は顔をのぞかせていた。アーティストがラブソングを発表するとき、ファンはその愛情が間違っているとは考えない。
ならば、当時のディランの情熱の対象に(筆者を含めた)ファンが異を唱えたのは誤りではなかったか?
ゴスペル3部作で表現された信仰は、78年にディランが体験した出来事に基づいていた。だが数年後、またも理解し難いことにディランのキリスト教への熱狂は冷めた。「宗教性は音楽そのものに宿ると思う。私が信じるのは歌だ」。彼は97年に本誌にそう語った。
『トラブル』を聴けば、私たちも歌の力を信じられる。
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[2017.11. 7号掲載]
ジム・ファーバー(音楽評論家)
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