『ダンシング・ベートーヴェン』の舞台裏
ニューズウィーク日本版 / 2017年12月26日 10時20分
それをベジャールがもう一度、「ダンスは円である」という原点に回帰させた。ある意味でけがを治したというか、損なわれていたものを回復させた。
(C) Fondation Bejart Ballet Lausanne, 2015
――冒頭部分に鉄道自殺の話が出てくることに少し驚いた。
撮影の初日、(バレエ団のある)スイスのローザンヌに行くための列車で撮影していたら、自殺が起きて列車が止まって......。あの場面を入れたのは、逆説的なものを感じたから。これから歓喜の歌についての映画を撮ろう、希望についての映画を撮ろうとして出発した矢先に自殺現場に遭遇した。そんな風に絶望してしまわないために、喜びや希望というのが必要なのだと思ったから。
ベートーヴェンも人生で非常に苦しんだ作曲家だった。と同時に、私たちにあれほどの美と歓喜にあふれる作品を残してくれた。ベートーヴェンが生み出した「苦しみから美や喜びへの昇華」というものを、ベジャールの舞台も私たちに伝えてくれていると思う。
――映画の中で「舞台の人たちは仕事中毒だ」というようなセリフ出てくるが、スポーツのような身体性と芸術性を兼ね備えなければならないバレエダンサーの努力は大変なものだと思う。
彼らは多くの犠牲を払って努力をしているが、それだけ報いも大きい。彼らが舞台上で感じる興奮や満足感は、苦しんで努力をして手に入れるだけの価値のあるもの。言ってみれば、人生にも苦しみがたくさんあり、闘わなくてはならないことがたくさんある。最大限努力してそれに立ち向かっているのが、ダンサーたちだと思う。誰にとっても人生は苦しいものだろうが、その鮮烈さが極限までいっているのがダンサーかもしれない。
――「芸術が世界を救う」という言葉が出てくるが、それは今の世界を見て感じていることか?
そう、いま必要なメッセージだと思った。絶望に陥ってしまうような出来事が世界にはいっぱいある。だから映画の中ではポジティブなことを伝えられる何かが必要だった。人間には希望が必要で、その希望を生みだすのがアーティストだと思う。
――これまで数多くのバレエ関連のドキュメンタリー作品の監督や脚本を務めている。次の作品もバレエにまつわるものか?
やりたい企画が2つあって、1本は19世紀のスペインの作曲家についてのもの。もう1本は、日本におけるフラメンコがテーマだ。日本ではフラメンコの人気がとても高いと知り、日本とスペインの関係をフラメンコを通して描いてみたいと思っている。
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大橋 希(本誌記者)
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