死んだ息子の精子で孫を......イスラエルで増える遺体からの精子採取
ニューズウィーク日本版 / 2018年3月16日 18時30分
その後、イスラエルの法廷はこの制限を徐々に緩和してきた。
07年には、パレスチナ・ガザ地区での戦闘で死亡した兵士の両親が、死んだ息子の精子を出産希望の女性に提供して孫をつくることを認められた。この両親は何十人もの女性と面談した上で1人を選び、彼女に子供を産んでもらった。その子は今、出産した女性と一緒に暮らしている。
09年には、癌と診断された兵士が子孫を残したいと自分の精子を提供した。彼の家族はやはり代理母に出産を依頼、生まれた子供はその女性が育てている。
シャハール夫妻はドナーから卵子を購入し、代理母を雇って息子の精子で孫を産んでもらい、自分たちで育てたいと望んでいた。しかし政府は、生まれてくる子を「父親が死亡、母親は匿名」という環境に置くのは倫理に反するとし、故人の精子を出産に利用する権利は故人の配偶者のみに限定されると主張した。
16年9月27日、法廷はシャハール夫妻を支持する画期的な判決を下した。この時イリットは言ったものだ。「うちの家系の枝の1本は折れてしまった。でも新しい技術のおかげで折れた枝が新たに枝分かれしていく」
次世代を残すことの重み
ところが、安堵したのも束の間。17年には最高裁が下級審の判断を覆し、夫妻が息子の精子を使うことを禁じた。息子オムリのパートナーが、シャハール夫妻の主張を支持しつつも、自分がその精子で妊娠することを拒否していたからだ。03年のガイドラインを厳密に解釈した格好だ。
それでも、まだ終わりではない。イスラエル国会では超党派の議員たちが、死亡した兵士の両親が息子の精子を使えるようにする法改正を提案しているからだ。
どんな文化でも子孫を残すことは大事にされている。とりわけホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の悲劇をくぐり抜けて生まれたイスラエルでは、命を次の世代につないでいくことが一段と重い意味を持つ。そのためなら人工的な手段に頼ることもいとわない。
テルアビブで弁護士をしているイリット・ローゼンブルムによれば、16年にシャハール夫妻勝訴の判決が下った直後には、同じように代理母を使って孫を育てたいという相談が相次いだという。
イスラエルはOECD(経済協力開発機構)加盟の先進国中で最も出生率が高い国だ。40代の女性でも、体外受精による出産を望むなら国の補助金を得られる。全てはユダヤ人の血筋を絶やさぬため、国民には自分の遺伝子を次の世代に伝えていく権利があるという強い信念ゆえだ。
「養子縁組なんて、この国ではほとんどあり得ない」。匿名を条件にそう語ったのは、ある大手病院に勤務する婦人科の医師だ。「大事なのは自分の生物学的な系統を保つことだから」
実際、シャハール夫妻がオムリの精子を使うために訴訟を起こした時も、オムリ自身が子供を欲しがっていたかどうかを疑問視する声はどこからも上がらなかった。家庭裁判所も、特段の遺言がない限り、男は子を欲しがるものという前提で審理を進めている。ユダヤ人である限り、子孫を残すことは民族に課された使命なのだ。
【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きをウイークデーの朝にお届けします。ご登録(無料)はこちらから=>>
[2018.3. 6号掲載]
アサフ・ユニ
-
-
- 1
- 2
-
この記事に関連するニュース
-
「おなかを抱いて前屈みになったら赤ちゃんが出てきました」孤立出産で罪に問われる女性たち#3
RKB毎日放送 / 2024年7月12日 15時58分
-
「相続放棄」した場合、“代襲相続”は発生するのか?…具体的な〈2つのケース〉をもとに解説
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年7月10日 11時45分
-
「たった一人の演説」が25億円相当の寄付金を集めた…米国のエリートたちが「ユダヤ人女性」に心を奪われた理由
プレジデントオンライン / 2024年7月8日 9時15分
-
お金に困って“子宮を売り渡した”貧困女性と、買った夫婦の“息が詰まるような罪悪感”。代理母出産をめぐるドラマの結末は
女子SPA! / 2024年7月2日 15時46分
-
ハマス支援巡りイラン・シリア・北朝鮮を提訴、奇襲攻撃の被害者ら
ロイター / 2024年7月2日 10時47分
ランキング
-
1韓国でLINEユーザーが急増した理由 日本への反発?
ニューズウィーク日本版 / 2024年7月17日 15時55分
-
2ウクライナ侵略開始後、動員や弾圧避けるためロシアから65万人流出か…露独立系メディア集計
読売新聞 / 2024年7月17日 18時23分
-
3米副大統領候補のバンス氏、台湾へのパトリオット供与遅れを批判「ウクライナのせい」
産経ニュース / 2024年7月17日 14時38分
-
4血まみれで逃げる患者…「一線超えた」ウクライナの小児病院医師、露のミサイル攻撃を非難
産経ニュース / 2024年7月17日 15時32分
-
5トランプが銃撃を語る電話音声が流出「バイデンは親切だった」「世界最大の蚊かと思ったら弾丸」
ニューズウィーク日本版 / 2024年7月17日 18時23分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
![](/pc/img/mission/mission_close_icon.png)
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
![](/pc/img/mission/point-loading.png)
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください
![](/pc/img/mission/mission_close_icon.png)