フランスの学生が大学を占拠してまで「成績による選別」に反対する理由
ニューズウィーク日本版 / 2018年5月2日 20時30分
ところが、バカロレア取得者の数はいまや3倍以上に増えた。グランゼコールや専門学校の定員は増えないから、その人たちが大学になだれこんでくる。
この人たちは、必ずしも学問の探究のために大学に入るわけではない。社会的格差を乗り越えるためだ。社会の側でも知的労働者に対する需要は増加した。そこで大学側も、修士コースをMBAに似たものにするなど機構改革を行い、実学の要求に応えるようになった。
それでも、質を確保するためには無制限に学生を受け入れるわけにはいかない。予算の問題もある。そこに定員オーバーが生じる。公表こそされないがこれまでも、先着順や抽選、成績などによる選別が行われてきた。それを、今回公然と選別ができるようにしたのである。
だが、成績選別を導入すると、小中学校から勉強に専念できる余裕のある家庭の者が有利になる。格差の助長にもつながると、学生たちは反発する。これは現にエリート養成校のグランゼコール入学者に起きており、進学率の高い名門高校では公立であるにもかかわらず貧乏人や移民の子に対する差別が平然と行われている。
ということで大学占拠が起きたのだが、運動は不発だったと言わざるをえない。
萎む抵抗と「壊し屋」
たとえば2月1日にはパリで、国会審議が大詰めを迎えた「学生の進路と成功法」に反対する主催者発表1万人(警察発表2400人)のデモが行われたが、1986年の大学改革法のデモでは50万人の動員があった。一昨年の労働法改革でもパリで15万人(警察発表6万人)、地方でも数千人のデモになった。今年のデモはいずれも1ケタ少ない。
4月10日のデモの後には、200名ほどの学生がパリの学生街カルチェラタンのシンボルともいえる第4大学ソルボンヌ校舎を占拠したが、3日で排除された。今回は、よくある再占拠もとくになかった。
占拠校の数も、最盛期でも全国67の大学のうち10~15にとどまった。それもいくつかの例外を除いてメーデー前までにほぼすべてが機動隊に排除された。
メーデーに来ていた学生は「運動は終わっていない。またすぐ燃え上がる」というが、5月は年末の試験で、その後は夏休み、そして何もなかったかのように新学年を迎える公算が大きい。
この学生は来年も同じように労働者たちと手をつなぎ、スローガンを叫びながらデモをするのだろうか。それとも、黒づくめで最前列に紛れ込む「壊し屋」になるのだろうか。
[執筆者]
広岡裕児
1954年、川崎市生まれ。大阪外国語大学フランス語科卒。パリ第三大学(ソルボンヌ・ヌーベル)留学後、フランス在住。フリージャーナリストおよびシンクタンクの一員として、パリ郊外の自治体プロジェクトをはじめ、さまざまな業務・研究報告・通訳・翻訳に携わる。代表作に『EU騒乱―テロと右傾化の次に来るもの』(新潮選書)、『エコノミストには絶対分からないEU危機』(文藝春秋社)、『皇族』(中央公論新社)他。
広岡裕児(在仏ジャーナリスト)
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