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イスラエルを逃げ出す優秀な頭脳

ニューズウィーク日本版 / 2018年6月4日 11時43分



イスラエル政府は有能な人材を国内に呼び戻すために何億ドルも投じてきたが、あまり成功していない。例えば、13年には国外在住の優秀な人材を探し出し、雇用の斡旋などを通じて帰国を促す事業「イスラエル頭脳獲得プログラム」を立ち上げている。しかし十分な成果を得られず、9カ月ほど前に事業は中断された。前出のベンダビドに言わせると、この程度の対策では「焼け石に水」であり、「国全体の在り方を考え直す」必要があるという。

実際、レイチェル・オハルと夫のアミールには帰国という選択肢などあり得ない。夫妻は5年前までイスラエルに住み、2人の子供を育てながらフルタイムで共働きしていた。それでも月収は合わせて4000ドルに満たず、生活はぎりぎりだった。しかし13年にロサンゼルスに移ると、3年もたたないうちに4ベッドルームの家を買えた。

夫は今、建設工事などの下請け会社を経営している(イスラエルでは一部の有力な家族が業界を牛耳っているため手を出せなかった)。今の収入はイスラエル時代の10倍ほど。もうレイチェルが働く必要はない。

「以前は子供の世話をする時間もなかったけれど」とレイチェルは言う。「ここでは一日中、一緒にいてあげられる」

もちろん、誰もがここまで成功できるわけではない。しかしアメリカにはイスラエル国内よりも大きな経済的チャンスがあることは間違いない。この夫婦はそれをつかんだのだ。

多くのイスラエル人が国を去るもう1つの理由は、政教分離の民主的なユダヤ国家という建国の理念が変容しつつあるという危機感だ。今のイスラエルは宗教色が濃くなっており、その影響は政治から教育制度まで、イスラエル社会のあらゆる面で感じられる。

格差広がる「2つの国」

「イスラエルは民主的で、かつユダヤ的な国であってほしい。ユダヤ的が先に来て、民主的は二の次では困る」と言ったのは30歳のカーミット。彼女は来年、夫と共にニューヨークへの移住を計画している。

宗教色が濃くなるにつれて、イスラエル社会は保守化している。だからリベラルな人には住みにくい。政府の国勢調査局によると、超正統派のユダヤ教徒は現時点で総人口の12%にすぎないが、2065年までには4倍になると予想される。



そうなると厄介な問題が生じる。彼らの運営する学校では数学も科学も英語も、ほとんど教えないからだ。これでは「第三世界並み」の教育水準だとベンダビドは嘆く。

加えて、超正統派ユダヤ教徒の多くは稼ぎが少なく、所得税を納めていない。それでも国家が支援する宗教研究に人生を捧げれば、あとは福祉給付で食っていけるからだ。結果として、ベンダビドに言わせると今のイスラエルは2つに分断されている。「起業大国」のイスラエルと「現代社会で生きるすべのない人々」のイスラエルだ。

しかも、このギャップは急速に拡大している。一方でパレスチナ人との抗争には終わりが見えず、イラン(と、レバノンやシリアで暗躍するイラン系武装勢力)との闘いも続いている。こんな状態の持続は不可能だとベンダビドは言う。

晴れて米国籍を取得したオハル夫妻も同じ思いだ。夫アミールが言う。「金持ちになりたいとは思わないが、本気で私たちを帰国させたいなら、まずは国のシステムを変えるべきだ」



[2018.6. 5号掲載]
ヤルデナ・シュワルツ(ジャーナリスト)


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